朝、昨晩の内にセットしておいたアラームが鳴る。
「早く起きなさい!さもなくば、遅刻するよ!」
とけたたましく喚いている。しぶしぶと私はベッドから起きあがり、ヒステリックにまだ喚いているその子を宥め賺す。そしてその子がおとなしくなった所で、自分の鞄へと投げ入れた。
その子は一瞬「ぎゃっ!痛いじゃないか、何するのさ!」と抗議するかのようにディスプレーを光らせる。そんな様子を部屋の外から遠巻きに見やると、私は外出の支度を始めた。
全ての支度が終わって電車へと乗り込めば、
「私はもう、お腹がいっぱいなのに!」
と苦しそうに呻き声を上げていた。彼女は走行中、苦しくても吐き出す事ができない。ぜぃはあと喘ぎながら走っていく。駅へ停車した途端、我慢できなかったらしく「おぇっ」と吐き出した。まだ、目的地へ辿り着いていない私も一緒に電車から追い出された。それでも私は諦めず、再び乗り込む。もはや彼女の中は私たちでいっぱいだ。その所為か、私たちは自由に身動きができない。取り敢えず、息をしてまばたきをしていよう。その後私たちは何度も彼女からはき出され、そのたびに私たちは無理矢理乗り込んだ。そんな攻防を繰り返した末、私はようやく目的地へと辿り着いた。ところが、降りようとしているが降りられない。ドアは遠くなるばかりだ。
「あら、私の中にずっと居たかったんじゃないの?」
と、彼女は意地悪そうに言った。私は思わずそれに対して悪態を吐きながら、彼女の意思に逆らって出て行った。
「また夕方においで。ちゃんと遊んであげるから!」
と彼女は私の背中へ言葉を投げかけた。
駅を出て一息吐くと、仕事が待っていた。
「はぁい、ダーリン!今日は私とよ」
などと言いながら、彼女たちは長時間にわたって私を拘束する。
もし、私が
「いい加減にしてくれ」
と言ったなら、私は彼女たちに
「あんたは明日から来なくても良いわ。私には他にもダーリンがいっぱい居るんだから!」
といった風に逆に振られてしまう。そんな事になったら私には仕事が無くなってしまう。そうならないように、私は本音を隠して彼女らとデートをし続けた。
ようやく彼女たちから解放されたと思ったら、電車が私を待ちかまえていた。
「待っていたよ。今はお腹の調子も良くて機嫌が良いのよ」
と彼女は言いながら私を乗せてくれた。確かに、中は朝と違って広々としている。つり革がぶらぶらと手招きをしている。
「ここの下に座ると良いよ」
と彼は言ってくれた。彼の好意に甘えて私はその下にある長椅子へと座った。
「お疲れ様、ゆっくりしていってよ」
と長椅子は優しく声をかけてくれる。私はその声を聞いてリラックスする事にした。電車が走り出した。調子が良いと言っていたとおり、彼女は鼻歌でも歌っていそうなほど軽快なリズムを刻んでいた。彼女は本当に機嫌も良いらしい。優しい一定のリズムを彼女は刻み、私はそれに包まれ――……
違和感がした。ふと、後ろの窓から外を覗き見る。何かが変だ。そう思った私は不安を覚えた。
「おい、電車。ここは今どこだ?」
電車は答えた。
「今はキミの最寄り駅を通り越した所よ」
なんという事だ。
「次の駅で降りて、反対側のホームに立つと良いよ。でも、私が直ぐに来るとは限らないけれどね」
彼女が言った事はもっともな事だった。
「ありがとう。また反対側のホームで会おう」
乗り越すという大失態をした自分に辟易しつつ、私は家へと戻ってきた。胃に食べ物を流し込み、身体の汚れを落とす。そして明日の準備をする。明日はどんな一日になるだろうか?私はそんな事を考えながらいつも通りの時間に起きれるよう、携帯のアラームをセットして枕元へと置いた。早速定位置を見つけたその子はすやすやと眠り始める。きっと明日も元気よく起こしてくれる事だろう。私は部屋の電気を消して眠りについた。
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