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Humanisation Human-type Project
    第一章「突発的な部署変更」
 第一話:無機物との邂逅、そして――


 柚香は一人で困っていた。柚香は現在、新東京都B地区にいる。彼女の背後では大音量で緊急アラームが、助けを求めるかのように鳴り響いている。
 このアラームが、彼女を更に焦らせる原因となっており……敵の機体が侵入しているということを報せていた。
 「どうしよう……間に、合うかな……?」
 焦りは禁物だと、柚香は自分に言い聞かせようと努力するがあまりうまくはいっていないようだ。震える手で、必死にキーボードを弾いている。しかしその結果は、やはり「Nein(No)」だ。要するに(ゲート)は開かない。その大きな口を閉ざし沈黙している。何度も繰り返すが、全て同じだった。

 アラームが鳴り始めた当初、柚香はここ――つまり避難用シェルターへの扉――からかなり離れた遠くにいた。そして、到着した時にはすでに扉は閉ざされた後だったのだ。扉が閉まったということは、避難できないということであり戦闘を間近で見ることになる可能性が大いにあるということでもある。
 つまり、「死ぬ」かもしれない。
 もし無事に生きて帰れたならば、シェルターの間隔を狭めるように言わないと…。
 柚香はもともと一般人とは言いがたい存在である。迎撃に参加している機体『Gottheit(神 の) Abgesandte(使  者)』の端末である人型製造の加担者であるからだ。
 因みにごく簡単に説明すればGottheit Abgesandteとは、『Opfergabe System(オプファーガーベ ジュステーム)』というシステムを使用した、最新鋭の有人戦闘機である。この戦闘機は自ら学習し思考して施行する。よって、無人状態でのマザーコンピューターを使用しない単独行動もできることで有名である。端末と本体である戦闘機はほとんどの感覚がリンクしており、端末は人間と同じように生活することによってより多くの経験を積む為に存在している。
 その端末のAIなどのアイディアから製造まで加担している彼女には、多少のプログラムやこの手のものは軽く扱えるはずなのだ。だが、そんな技術や能力も極度な緊張の前には全く無意味な物であった。
 焦りは募る一方。背後では、アラームではなく戦闘による銃弾や金属の触れ合う音がしていた――



 新東京B地区にて敵機発見。無人偵察機の模様。
 本部より通達をキャッチ。直ちに迎撃します。
 攻撃態勢に突入します。新たなる熱反応、スキャンします。敵増援、無人戦闘機3体発見。
 無人偵察機、マークしました。Feuer(攻 撃)
 無人偵察機、沈黙。目標1、Verschwinden(消  滅)
 近くに熱源をキャッチ。サーモ、確認します。
 人間。性別は女。逃げ遅れた模様。扉にて待機中。
 ピピッ
 敵機、引きつけます。

 先ほどの人間を、どうするべきか。戦闘中に離反した場合この戦闘で起こり得る結果について思考する。……今回の敵機はマザーコンピューターにより稼動する無人戦闘機。『我々』の敵ではない。よって、離反しても結果は変わらない。もう一度思考する。スキャンした熱源、人間1体・敵機3体。人間の保護に当たる場合、どう確保し守護するべきか。こういった場合に関してのデータは、入っていない。
 人間は一人。そして『自分』にはKern(ケルン)という役割の人間はいない。要するに無人。人間一人を保護するスペースは、ある。ただし、空いているのはKernの座席だ。一般人は国家の機密に関わる為、乗せることについては本部に許可を求めなければならない。だが、人命を優先させなければならない。結局は堂堂巡り。『自分』には大した思考能力がないのだろう。Kernがいないのだから仕方が無い。
 ――人間をモニターに映します。
 ――人間の姿を確認。
 ザァァァァァァァ―――




 ――……データが不正に書き換えられました。
 戦闘モードにつき、端末のみ再起動してデータを反映します。
 プッ…
 端末の反映終わりました。
 手動操作に切り替え、システムを再起動します。
 ヴン……キュルアァァァァァ……
 システム、オールグリーン。
 外部通信、完全に遮断します。
 遮断完了。
 <Ayaka&Louise>によるデータ、復旧します。
 最優先事項の切り替えが起こりました。
 最優先事項、人間『小田切 柚香』の保護――





 音が次第に近付いてくる。
 柚香は焦った。白い機体『Gottheit Abgesandte-Y号機』――通称カイラム――が近付いてきているのだ。こちらにまで、戦闘の被害が及ぶのではないかと心配していた柚香だが、『カイラム』のスピードの方が当然ながら上である。
 心配している内に、『カイラム』は柚香の目の前に停止した。

 プシュッ
 「え?」
 柚香は扉を開ける事を諦めて、背後と近付いてくる音を気にはしながらも自分のパソコンをしまっている最中だったのだが、その予想外の音に声を出して振り向いた。コクピットの扉が開かれた音なのだ。
 戦闘中にコクピットへの扉を開けるなんて、本来ならばあり得ない。そんなことをすれば、直ちに敵機に攻撃されてしまう。自殺行為である。誰もが知っているはずだがGottheit Abgesandteシリーズが破壊され、スクラップになってしまうこと。それは、一番避けねばならない事態だった。更に柚香は驚かせられた。端末とはいえ、カイラムがコクピットから出てきたのである。
 「ちょ…ちょっと、今は戦闘中じゃないの!?」
 「人命救助に、参りました」
 カイラムはそう言うと柚香の質問には答える気がないらしく、手を出してきた。柚香は思案顔で、手を取れと言っているのかと首を傾げた。
 「時間がありません。手を取って下さい。
  Gottheit Abgesandte-Y号機端末・カイラムが貴女をコクピット内にお連れします」
 『カイラム』に乗せてくれると言っているらしい。だが、その重大さを柚香が知らないわけがない。戦闘機に乗れ、と言われているのだ。今まで、人間を乗せる事が無かった機体に乗れ。と言われているのだ。恐怖心がない、と言う方がおかしいだろう。一度も人を乗せてシュミレーションすらやった事のない機体に乗るのだから。その上、今はシュミレーションではなく実践で、戦闘中なのだ。戦闘中であることを示すかのように、カイラムは言う「選択権はない」と。
 柚香は数秒悩んだ末、カイラムの手に自分の手を静かに乗せた。創ったのは自分ではあるが人外のものとは思えない、その手の感触はやはり不思議な感覚だった。カイラムは柚香の様子を見、その手を握ると、予告なしに突然引っ張った。
 「っ!?」
 カイラムはバランスを崩し倒れてきた柚香を、その勢いを利用して抱き上げる。そして一足飛びにコクピットの中へと入っていった。カイラムは、さっきとは異なり優しくシートへと柚香を座らせる。そして『カイラム』のシステムを移行させながら
 「手荒に扱い申し訳ありませんでした。しかし、時間稼ぎの限界が来ましたので。
  お許しください」
 と、柚香へと謝った。
 「えと、別にいいよ。驚いただけだし…
  それよりも何かしなきゃいけない事とか、ある?」
 「いえ。名前をそこに座っていてくだされば、何もしなくても構いません。
  名前とIDをお教えください。データとして、機体へ乗せる為の処理に利用しますので」
 製造してから1年は経つのにも関わらず、初期設定とほとんど同じで成長した様子がないカイラムに不安を覚えながらも柚香は答える。
 「名前は小田切 柚香。IDはJjaE0672498Yよ」
 「柚香様、『Gottheit Abgesandte-Y号機』承認しました」
 「柚香で良いわよ。呼び捨てで」
 呑気に言う彼女へ「了解しました」と承諾の意を表し、カイラムは続ける。
 「只今より、戦闘開始します。」
 その言葉に反応して柚香がディスプレイを見れば、『カイラム』の目前に敵機が現れていた。だが、その敵機の様子がおかしい。動作が不安定なのだ。柚香はどうしてかとカイラムに聞いた。
 「柚香をこちらに確保するまで、重力補佐装置に圧力をかけていましたので」
 そのせいでしょう。と事もなさげに言って、その敵機を撃破した。結構大きな衝撃が柚香の予想通りに彼女を襲う。カイラムの紫に近い蒼い瞳が淡く光る。薄く瞼を少し開けた姿は、柚香の目に幻想的に映った。柚香はこの端末のことを考えると、どうしてか何とも表現しがたい複雑な気持ちになった。
 だが、そんな事も束の間。大きく機体が揺れたのだ。柚香は、咄嗟に「きゃぁ」と小さく悲鳴をあげる。それに気が付いたカイラムは、柚香の隣へと移動し彼女を支えた。カイラムが言うには、単に移動を開始しただけなのだという。今まで予想外の揺れがなかったのは、全く移動してなかったからなのだ。他の機体にはあって、この機体にはないものが如実になったのだった。そう、誰も乗せたことがない故に振動などに関する調節を全くといって良いほどやってなかった。人間を乗せるようにはできていなかった。人材もいなかったし、無理して乗せる必要もなかった。今までは、それで大丈夫だったのだ。
 娯楽施設にある乗り物とは比較にならないほどの揺れに、柚香は耐えていた。カイラムは柚香を抱き締める形で、できるだけ揺れによる身体への影響を抑えようとしてくれていた。その間にも、戦闘は続いている。柚香がこの揺れに耐え切れず、失神するかと思った頃。揺れは突如止まった。
 戦闘が終わったのだ。カイラムは、今まで完全に閉じていた通信網を開いた。開いたとたん真っ先に青年のビジョンが映し出される。
 「おい、カイラム!
  無事なら無事と、連絡寄越せよな!!!」
 「全く……心配したんだから、ってぉい!?」
 その台詞を始めとして次から次へと色々な人間―― 一部はGottheit Abgesandteシリーズの端末(或いは本体)だ――の怒鳴り声が聞こえてくる。
 「そこまで声を大きくしなくても、きちんと音声確認できています」
 冷静に、どこかズレた反応を返すカイラムに銀髪の青年――『Gottheit AbgesandteV号機』フリッツの端末――が静かに問う。
 「お前、何故人間を乗せている?」



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