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Humanisation Human-type Project
    第一章「突発的な部署変更」
 第一話:無機物との邂逅、そして―― U


 「彼女ですか?」
 カイラムは首を傾げ、なぜそんな質問をされるのかといった雰囲気を出す。どうやら彼にとって、柚香は異物ではないと認識されているようだ。
 「そうだ。いくらKern(ケルン)のいない『カイラム』とて、未承諾に人間を乗せるのはよくないだろう」
 フリッツは不機嫌そうに言うが、眉にしわを寄せただけで表情はあまり変わらない。カイラムは相変わらず無表情だが。柚香は無表情の対立に慌てて身を乗り出す。
 「あのっ。
  フリッツ、さん…私は『Gottheit(神 の) Abgesandte(使  者)』シリーズ端末開発研究部の小田切柚香です。IDはJjaE0672498Yです。
  戦闘のアラームが鳴っていたのですが、避難用シェルターの(ゲート)が閉まっていて避難できませんでした。
  そこに、『カイラム』が現れたのです。そして何故かこんな場所に乗せていただいてるのですが…」
 小田切柚香の名を聞いた端末たちが騒ぎ立てる。端末たちのプログラミングから人型の製造まで広く関わっているとされるのが小田切柚香なのである。更に製造過程での動作確認を彼女が行っており、その際に端末は直接ではないが声のみの彼女と会話を交わしていたのだ。
 端末にとってみれば、例えきちんと会った事があると認識されていなくても母親のような存在である。よって、騒ぎ立てるのも無理はない。だが他のKernの人間さえ慌て始めた。柚香の兄である英一朗がKernだということや、そのKernを管理する立場にいるのが柚香の兄である俊樹だということが問題なのだった。二人の兄は妹にはとことん甘い。シスコンに近いくらい甘い。その二人の兄の妹が『カイラム』の中(ここ)にいるのだ。ありえない。
 「柚香、何でこんなのに乗ってるんだ!?」
 「あ、お兄ちゃん…私、それはさっき言ったんだけど…?」
 フリッツは自分のKernである英一朗の慌てように頭を押さえ、柚香はのんびりと呆れたように答える。
 「ああぁぁぁぁぁ、カイラムでかしたというか、何てことをしてくれたんだ!」
 「マスターどうなさったんですか?」
 対して絶叫している俊樹に対しては一応彼を主人としているカイラムが不思議そうに返事をしていた。
 やはり兄達は強烈なのだった。

 「柚香ちゃん、大丈夫か?」
 「ああいう兄を持つと、大変ねぇ……」



 「まぁ、兎に角だな……柚香が無事で良かったよ」
 「え。そこ??」
 冷静を取り戻した俊樹は柚香ににそう言った。それで柚香は一言言いたい事があったのを思い出す。シェルターへの扉のことだ。
 「ねえ、お兄ちゃん。シェルターへの扉の間隔が広すぎない?
  今回逃げ遅れたのってそれが原因なんだけど……」
 柚香は決して足が遅いわけではない。速いとは言えないが、いたって普通である。
 「あー…確かに、あそこのエリアは確か3キロ毎だったような……」
 「お願いだから1キロにとは言わない。せめて2キロ毎にして」
 「上にかけあってみる事にしよう」
 ところで、と英一朗が話に割り込んできた。俊樹は一瞬ムッとした表情を作るが、柚香はそれには気が付かず英一朗の方へと目を向けた。
 「帰還しないのか?
  もう戦闘は終わっているし、そこにいる必要はないだろう」
 その通りであった。俊樹が「そうだね、帰っておいで」と言うと、今まで柚香をずっと観察するかのように見ていたカイラムが反応した。
 「戦闘終了につき、帰還します。
  柚香も共にでよろしいでしょうか?マスター」
 当たり前だろうという俊樹の言葉と、「あ、こいつ柚香の事呼び捨てにしやがった!」という英一朗の叫びがほぼ同時に聞こえた。




 「ただいまGottheit Abgesandte-Y号機、及び端末・カイラム帰還しました」
 「えっと、小田切柚香帰還しました」
 いまだコクピット内ではあるが帰還を知らせる。
 「おかえり、二人とも」
 管制局の人間が『カイラム』を誘導していった。そして『カイラム』は所定の場所に戻る。
 カイラムは、コクピットへの扉を開けた。そして降りるように声を掛ける。
 「今行くわ……っと、あれ?」
 「どうかしましたか?柚香」
 柚香はシートから立ち上がろうとするが、どうも力が入らないようで腰が数センチしか浮かないうちにシートへと戻ってしまう。何回も立ち上がろうと試してみるが、シートへと吸い寄せられているかのように離れる事が出来ない。そんな行動をしている柚香を不思議そうに首をかしげて見ていたカイラムは、何を思ったのか柚香の方へと歩いた。
 「あれ?どうして…?うーん……」
 「柚香、少々失礼します」
 悩んでいる柚香の目の前にカイラムは立ち、彼女へと腕を伸ばした。
 「へ?」
 そしてその他に言葉を発する間もなくカイラムに抱き上げられた。漸くシートから離れる事が出来たのだが、柚香は叫んだ。
 「私のパソコン〜〜〜〜〜!」




 二人の帰還を待っていた人集りがコクピットから出てきたカイラムと柚香を見た瞬間、叫び声が聞こえた。因みに、柚香はカイラムが彼女愛用パソコンを取りに戻ってもらいご機嫌であった。カイラムは相変わらず無表情である。
 「カ…カカカイラム!?
  柚香に何をしているんだ!」
 カイラムは叫ぶ英一朗に首を傾げ、柚香は「あ、おにーちゃん」と手を振っている。その様子が気にくわないらしく今度は俊樹が叫び声をあげた。
 「おまえ何でカイラムに姫様だっこされてるんだ!」
 「私、何だか腰が抜けちゃったみたいで……カイラムに甘えさせてもらっちゃった」
 少し照れくさそうにする柚香を見て俊樹は心の中で頭を抱えた。しかし、驚いたのはこの兄二人だけではない。周りにいたKernやGottheit Abgesandteシリーズの端末達もである。ただし、驚いた方向が違うわけだが。
 「フリッツ、あの娘どう思う?」
 フリッツに長い黒髪を切りそろえた女型の端末――エリザベス――が小さく声をかけた。フリッツは、彼女の方向へとは向かず、答えた。
 「カイラムは気に入ったのかもしれないな……だが」
 「?」
 「いや、ただ……『ルイーズ』の彼女に」
 そこまで言ってフリッツはその後に続くはずの「似てはいないか?と思っただけだ」という言葉を飲み込んだ。エリザベスは言わない方が良い場合にはフリッツがいつも口を閉ざすのを知っていた為、それ以上は追求しなかった。
 「フリッツ……僕は、一応彼女には賛成かな。
  あの子、きっと良いマスターになる。賭けても良い」
 プラチナブラウンの髪を顎の辺りで短く切りそろえている少年――ジュール――は小さく機械語で呟いた。ジュールは、眩しそうに柚香を見つめる。
 「あまり、望みは持たない方が良いわよ。ジュール」
 思案顔のフリッツをちらりと見たエリザベスが同じく機械語で答えた。
 「なぁにお前らこそこそ喋ってるんだ?」
 ジュールのKernである祐一は不思議そうに声をかける。フリッツはジュールの代わりに、何でもない。ただカイラムの行動に対して少し言い合っていただけだ。と答えた。
 「まぁ、あの子がKernになってくれるんだったら俺は賛成だけど……決まりに反することになるしなぁ」
 カイラムにKernが必要なのにも関わらず、未だに見つかっていない実情を考えると呑気な事を言っている場合ではないが、男型の端末には男性人員を。女型の端末には女性人員をと決まっている。ある事故からの教訓でそういう決まりができたのである。
 「まぁ、別に私はそこら辺は気にしないからどうでも良い。上がどう思うかまでは知らないけど」
 カイラムのKernには興味が無いといった様子で口を挟んだラプンツェルのKernであるケイトは、つまらなそうな表情であった。
 「そういう事言うなよなー」
 と、少し悲しそうな表情を作り、戯けた様子で信也は言った。
 しばらく二人の兄と柚香とカイラムは一通り会話が終わり――といっても柚香とカイラムが二人に質問される形であったが――Kernや端末達の元へと歩いてきた。もちろん柚香はカイラムに抱き上げられているままだ。
 「お帰りなさい、カイラムと柚香さん」
 ふんわりと微笑む少女はラプンツェルである。その可愛らしい様子に柚香は微笑む。やはり、自分の携わった子が成長しているのを見るのは嬉しいのだ。そんな柚香の様子を見て微笑ましく思うも、俊樹は気分を切り替えて言った。
 「柚香、この後会議室へと集合して今回の事と今後の事について取り決めるからな。
  今の内に休んでおきなさい」
 「了解」
 柚香は素直に返事をし、その後カイラムに質問をした。
 「ねぇ、あなたはどうする?
  その……私の事面倒見てくれてるけど、したい事とかあったら邪魔になっちゃうかなって」
 「別に何も希望はありませんので柚香の側にいます」
 柚香はその言葉にうつむき「そう、ありがとう」と返事をした。



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