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Episode1:或る人々

 少女は視界を奪われていた。突然の事にどうすれば良いのかも分からず、されるがままになっている。
 彼女はお腹の辺りが痛いなとぼんやりとした思考の中で思った。今何者かに担がれ運ばれて いるが為に、圧がかかっていたのだと思い当たる。
 少女はただ、路地を歩いていただけだ。少女に家族はいない。幼い頃に両親は亡くなり、暫くは教会で世話になっていた。ある程度育った為、迷惑にならぬよう自立したのだ。だから少女を待つ人間はいない。そこに目をつけたのだろうか。
 彼女を攫っている人間は教団の制服を身につけていた事から、単純にその団員であると分かる。しかし、理由は分からなかった。少女は教団に目をつけられるような目立つ事もしていなければ、教団の世話になった事もない。
 じわりと目に涙が浮かんできた。しかしそれは直ぐに目隠しへ吸い取られていった。



 担がれていたのが、何かの乗り物に変わり、ガタガタと一定のリズムに揺れを感じるようになった。体勢は横向きに倒され、腹部の圧迫はなくなった。
 何の訓練もした事のない彼女には気配を感じる事はできない。物音で判断しようにも、乗り物の音で分からなかった。
 両手は後ろで縛られ、体勢をどうにかしようともできず、あまり楽な体勢とは言いにくい。しかし、攫われた当初から叫び声も上げず静かだったせいか、幸運な事に猿ぐつわはされていなかった。
 今まで声一つ出さなかった少女であるが、遂にその口から小さく言葉がこぼれた。
 「……わたし、死ぬのかな…………」
 誰にも聞かれる事なく、辺りの音に紛れ、消えてしまうはずの言葉だった。
 「いや。お前は選ばれたんだ。依り代にな」
 どこからとは分からないが、男から返事がきた。それから少女は名誉ある事だとその団員に言われ、ある程度の情報を得る事ができた。
 少女が向かっているのは、教団の本拠地である事。教団が讃えている神または天使を降臨させる為の依り代となる為に攫われた事。神や天使は強大な力を持っていて、素晴らしい存在である事。彼らの力を借りて、世界を変えるのが目標である等であった。どのような世界に変えたいのか、他にもなぜ自分が選ばれたのか、知りたい事はまだあったが目的地に着いたようで話は中断されてしまった。
 再び彼女は担がれる事となった。少女はとりあえず死の恐怖からは逃れられそうだと内心ほっとしつつも、彼が歩く度に腹部へ圧迫が加わって食いしばる羽目になり、話しかけることを諦めたのだった。



 青年は噂を耳にした。人であり、人ならざる少女がいるという噂である。少女は教団に保護されており、今は教団のシンボルとして崇められているそうだ。少女には時間の概念がないのではないか、と言われていた。神や天使の依り代として祝福された存在だからだろうと、この話をしてくれた男は言った。青年は興味を持った。彼は長い時間を持て余していたのだ。彼は悪魔と人間のダブルである。見た目は人間そのものであるが、中身や本質は悪魔に近い。
 長い間、一人で生きてきた。悪魔からは半端者として一員に迎えられず、人間からは異端とされ遠ざけられた。親の種族両方から疎まれた青年であったが、実はヒトが好きだった。種族関係なく他者との関わりに幸福を覚えるタイプだったのだ。
 そんな彼は、簡単には死なず長い時間一緒に過ごせるヒトを探していた。悪魔でも良かったが、悪魔は無駄にプライドが高く相手にしてもらえなかった。
 そこで、変わった不死や不老の噂を辿って理想のヒトを捜し求める事にしたのである。
 故に、今回の噂は彼にとって久々の朗報であった。大抵は嘘であるから期待し過ぎない方が身の為なのだが、彼の頬は僅かに緩んでいた。
 「……さあ、行こう」
 そう人知れず呟き歩きだした彼の足は軽やかだった。



 女、と表現して良いのだろうか。奇抜な化粧を施し、派手なドレスを身に纏っている。ドレスであるにも関わらず、ピエロを思わせるその姿は、彼女がどこにいようとも浮いていた。そこだけ異空間にでもなったかのような違和感があるのである。それは、彼女の姿だけではなく、彼女の出す気がそうさせているのかもしれない。
 「……教団が新たな力、ねぇ…………」
 赤い唇をきゅっと上げて呟いた。くつくつと笑っている姿は、さながら魔王のようである。
 「いーい度胸、してんじゃなぁい」
 彼女は教団が嫌いだ。教団を潰したいくらい嫌いなのである。『神や天使を奉っているくだらない組織だから嫌い』という、微妙な理由なのだが。
 「潰しちゃおうかしらぁ?
  あぁ、でもその前に新たな力っていう女の子を攫ってみるのも楽しそぉ〜」
 彼女はその少女がそもそも教団にさらわれてきた事を知らなかった。彼女は妄想を膨らませていく。
 「……それでぇ、教団が如何にクズでどーしようもない組織だって事を教えてあげんの。
  ショックかしらぁ?
  信じられないって喚くかしらぁ?
  女の子の中の教団像が壊れるまで言ってやるわ」
 リアルに想像したのだろうか、さも楽しそうに笑い出した。周りを歩いていた人間は彼女へチラチラと視線を送りながらも、そそくさと足早に移動していく。
 「んっふふ……あははははははは!
  たっのしいわ、絶対!!
  善は急げ♪」
 人々の不審そうな視線を浴びながら、彼女は堂々と歩きだしたのだった。



 青年は獣人族だ。今は薬草を採り、薬や化粧品を作って生計を立てている。彼の人生は平穏そのものだった。
 教団が神とか天使とか呼ばれる存在の降臨に成功した、なんてお得意様に言われても、彼には関係ない事だった。
 今日はお得意様に教団の本拠地がこの街外れにあるのに、あなたは教団の事を全く知らないのね、とからかわれてしまった。彼はこの街の近くにある山に住んでいる。月に数回街に来て、商品を売って必要品を買うだけだ。そんな彼には教団なんて、全く関わりのない組織だった。
 彼のケモノ耳を触りながらお得意様が色々な噂話をしてくれるおかげで、彼は月に数回しか街に来ない割には情報通である。耳を触られるのは不本意であったが、触られている間は情報を貰い放題であると思うと、触ってくる手を止められなかった。
 そんな彼の最新情報は、変な女が街に出没する。であった。ただ笑っているだけで、特に今は被害もないが、得体の知れないものだから何があるか分からない。お前は充分魅力的だから気をつけてくれと言われた。
 「そんな事言われても、俺は街にしょっちゅういるわけじゃないし。
  遭遇率低いと思うよ。
  でも、ありがとう」  あんたはドジっ子なんだから、気をつけなきゃいかんよ!という声を背に受け彼は山へと帰っていった。




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