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Episode1:或る人々 2

 何回目になるか分からない儀式を行っている。人間慣れれば何とかなるものだと、少女は思うようになっていた。最初は不安と気持ち悪さがどうしても嫌だったが、最近はあまり感じない。全てがうっすらと靄のかかったようになり、彼女の思考を奪う。その間だけ、彼らが少女の中にいるのだ。
 体調が悪くなったりするわけでもなく、意識がはっきりする頃には儀式は終わっている。儀式の後は疲れよりも、どこか体内の毒気が抜けたような爽快感があった。
 待遇も良く、不自由のない生活ができている。さらわれてきた当初には考えられない好待遇である。それゆえこの場所から抜け出そうといった考えは思い浮かばなかった。
 「何かご不自由はありませんか?」
 ここ数日よく聞かれる言葉だ。少女の世話をする人間はころころ変わる。少女が世話になっている人間の名を覚える前に全員入れ代わってしまうのだ。入れ代わる度に、この言葉を耳にしている。話し相手が欲しいと思っているが、ここにいる人と楽しく雑談できるとは考えにくかった。教団の人間は、何かにつけ「神が」とか「天使様が」とか言うのである。彼女は神を信じているわけではなかった。だからこそ、仲良く話などできる気がしなかったのだ。
 「皆さん優しくしてくださいますし、私はそれだけで充分です」
 と、毎回返事をしていた。
 少女は窓から空を見る。彼女の心を安らげるのは、この窓から見える景色のみであった。



 青年は見上げていた。その建物は教団の本拠地と言われている。彼の周りには人が集まっていた。武装した団員である。だが、それに危機を感じさせない穏やかな表情であった。
 「あの、少女に興味があって来たんですけど」
 朗らかに言うその姿は、ただの好青年だ。だが周りはそう思わなかったようである。彼等は武器を青年に突き付けていた。
 「少女なら、どこにでもいるだろう。
 わざわざここに来る必要はない。
 団員ではない事は分かっている。何が目的だ?」
 「単に、有名だからどんな女の子か気になったんだ。
 こんなに慕われてるなら、きっといい子なんだろうなぁ……」
 青年はのんびりと言った。だが、その態度が団員には逆効果だったようだ。武器を下げるどころか、更に突き出してきた。
 ひょいと簡単に避けながら「危ないじゃないですかー」などと一言余計な事を言う。更に彼らの視線に殺気がこもる。
 「よもや良からぬ事を考えているのでは無いだろうな!?
 貴様の様な輩は信用ならん!」
 統率の取れた動きで青年へと団員達が向かって行く。青年は、困ったように息を吐いた。次の瞬間ーー
 ごうっ
 「!?」
 凄まじい業風が団員達を包む。堪らず彼らは腕を顔の前で交差させ、守りの姿勢に入った。
 風が止み、体勢を整える頃には、青年の姿は消えていた。



 教団の本拠地が何者かに荒らされたらしい。という噂が瞬く間に広がっていた。それを知ったのは、青年だけではなかった。女にも聞こえていた。
 「ほんとかどーかは知らないけど。面白い事になってきたじゃなーい?」
 小さなその呟きは誰にも聞かれる事はなかった。しかしそんな馬鹿をやらかそうとするとは、悪魔ではなさそうだと彼女は心の中で呟いた。少なくとも、そんな馬鹿やる悪魔は知らない。何やら不思議な力を操るらしい。どんな馬鹿なのか見てみたくなった。女は面白い事が大好きだ。それに巻き込まれるならば、たとえ自分が死んでしまったとしても「楽しかった」で済んでしまうのかもしれない。
 女はくるくると回り、ドレスが波うった。その動きに沿って地面が発光する。その光の中に文字がうっすらと浮かび上がりーー
 女は消えた。



 青年の耳に新しい噂が耳に入って来た。今度は男だという。教団にいる聖なる乙女に近付こうとしたらしい。最近はこの辺も危なくなってきたものだ、と獣人の青年は独りごちた。危ないものには近付かない、それが長く生き残る術である事を理解している彼は、用心深く街を移動する事にした。
 しかし、いくら注意していても唐突に事故が起きるように、注意だけではどうにもならない時もある。
 「うふふふふあはは」
 何か聞こえる。気のせいではない。近くを歩いている人々の視線が動いた。それら視線に気がついていないようで、笑い続けている。
 あれが前に噂で聞いた変な女性だろうか。上質そうなドレスを身につけているのに、どこか異質。
 と言うか、ピエロを連想させるメイクがまずいのだろう。美人そうなだけに恐怖感が増す。関わりたくないのは誰にも共通できる事のようで、冷静にそんな事を考えていた青年も、他の通行人全員もまた、立ち止まる事はなかった。
 獣人であるというだけで嫌でも目立ってしまう彼は、彼女に気付かれる事なく無事にその場を通り過ぎる事に成功したのだった。
 しかし、先程耳にした噂の男らしき変な人に遭遇するとは、この危機をうまく逃げた彼には思いつく由もなかった。



 「獣耳! あ、はじめまして。君は獣人だよね? 珍しいね。こんな所にいるなんて」
 すれ違う時に肩がぶつかり、謝ろうとした青年に男は話しかけてきた。青みを帯びた漆黒の髪が特徴的な、大人しそうな見た目の男である。
 だがしかし、冷たそうな顔立ちとは違い、中身はどこか自分の世界を確立した変わり者の部類に属しているようだ。変なのに絡まれてしまったと、青年は心の中で溜息を吐いた。
 「はい。獣人ですが……それが何か?」
 お人好しの青年は、見た目和やかに返事をした。
 「獣人の寿命って長いの?
 あまり獣人って街まで出てこないで生活してるから、よく知らないんだ」
 今まで生きてきた中で、聞かれた事もない質問に、この男はやはり他の人とは異質かもしれないと感じた。ただの勘であるが。
 「ヒトよりは、長いですよ。でもエルフやドラゴンほど長くはない。
  きっと中間です」
 手っ取り早く会話を終わらせようと、話を広げないように注意しながら答える。青年は、少し考える素振りを見せた。
 「それだとヒトの数倍は生きるって事かな?
  ……獣人、気さくそうだし、獣人でもいいかもな」
 笑みを浮かべながらそう呟いた男に対して、青年は改めて変人のレッテルを貼り付けた。
 「どうでもいいですけど、仕事中なので失礼しますね」
 逃げるが勝ちとでも言わんばかりに、青年は行く方向へ体を向けた。男は悪気はなかったのだろう。彼を止めようと、獣の尻尾を掴んだ。
 「んぎゃっ」
 「あ、ごめん。つい」
 変な声をあげた青年へ簡単に謝ると、恐ろしい事を言った。
 「教団の少女を迎えたら、君にも会いに行くよ。楽しみにしててくれ。
  あ、俺の名前はーー」
 教団の少女を迎えたら、と言った男が先程耳にした噂の男その人である事を知った。となれば、これ以上一緒にいるのは良くない。誰しも自分の身が大切だ。
 男の名を耳にする事すら拒絶して、その場から逃げるべく走り出したのだった。




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