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第七話、邂逅(二)

 ハッチは触れた途端、勝手に開いた。電源は入っていて、宇宙船自体が持ち主の帰還を待っているかのようだ。今まであったハッチやドアもそうだが、遺跡と言える程古い時代のものなのにそれを感じさせる事はない。とてもスムーズに動いている。
 「ほんっと、ここは時間が経っているとは思えないくらい整備が整っているな……」
 ハッチから卵形の宇宙船内に入ると、ぱっと明かりが点いた。船内は、どこにでもある普通の宇宙船だ。という事は、少なくともこれは宇宙船として宇宙空間を移動する為のものだ。外観はアレだがもしかしたらこれは良い拾い物になるかもしれない。
 通路の脇には幾つかドアがあったがあえて開けずに、そのままどんどん進んでいくと、そう歩かないうちに正面にドアが現れた。普通の船と同じ作りであるならば、ここがコックピットのはずだ。
 パスワードもなく、簡単にドアが開いた。プシュッという小さな音がしただけだ。ドアの先には、少しだけ期待していた通りの姿があった。女性の姿をしている。彼女はレープハフトの方を向いた。
 「あなた、誰ですか」
 レープハフトは見た事もない衣服を身につけた少女に視線を奪われた。遙か昔に着物という民族衣装があったらしいが、それに似ている。人形のように整った顔立ちだが無表情。それが、どことなく恐怖心を生み出した。
 「俺はレープハフト」
 「侵入者ですか、この私に手を出そうとは良い度胸ですね?」
 一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。レープハフトは動けないでいた。彼女のガラス玉のような透明感のある瞳に吸い寄せられたまま、彼の視線は勿論、足は動こうとしなかった。
 「お前が……特別なアンヘンガーなのか?」
 「……そうだとしたら、どうなんです?
  どうせ、あなたはここで死ぬのだから関係ないと思いますけど」
 死ぬ、と突拍子もなく言われて平気な男ではなかった。レープハフトの顔に笑みが戻る。
 「そうか。俺はお前に会ってみたかっただけだ。
  別に取って喰いやしねーよ……お前、良い女だけどちっちぇえしな」
 「余計なお世話です。
  で? 言い残す事はあります?」
 「俺は死なない。っつーか、死んでたまるかよ」
 相変わらず無表情な少女に、調子の狂いを感じつつも応えてみる。部外者の排除モードというものかもしれない。何がどう作用するか分からない状態で、下手な交渉はできなかった。ただ、言える事があるとすれば、彼女はあえて感情表現をせずにレープハフトと接しているという事だ。人間となじめるように作られているらしいアンヘンガーが、こんな人形のようなものであるはずがない。
 「……あなたは、他の人間とは違うようですね?」
 一瞬だけ、少女が笑みを浮かべた。が、それは錯覚だったのではないかと思う程短かった。次の瞬間にはレープハフトは壁に押しつけられていた。押しつけられた衝撃は意外に大きく、彼の口からくぐもった声が漏れた。
 「この船はフロイライン。私は光の乙女。
  この船のマスターになりますか? それとも、死にますか?」
 「……は?」
 「マスターにならないのなら、この場であなたを消します」
 これは一種の脅迫だった。レープハフトはこの拒否権のない質問に挑むように笑った。
 「――勿論……」



 目が覚めた。彼が出した結論は、こうしてプラハトと一緒に行動しているところから分かるだろう。
 「懐かしい夢だったな……ふぁ……ぁ……」
 腕を伸ばしながらディスプレイに映る宇宙空間を見る。ちょうど高位空間から抜けた所のようだ。だが、彼の知っている自宅付近の宇宙空間とは違って見える。
 「この夢……まさか……」
 レープハフトは嫌な予感を感じた。一回しか来た事のない場所ではあるが、印象に残っている。しかも、ついさっき夢で見たのだ。
 彼は、上着を羽織るとコックピットに向けて歩き出した。



 コックピットには、プラハトもどきが何事も無いかのように立っていた。彼が入ってきたのを知ると、さも自分が優秀であるかのように口を開いた。
 「マスター、先程高位空間を抜けてホーム付近に到達しました」
 「フロイライン……俺はいつ、お前たちと出遭った場所に行きたいと言った?」
 そう、フロイラインの目の前に広がっているのは、レープハフトとフロイラインが出遭った場所であった。マスターの問いかけに、プラハトもどきは視線をずらして言った。無表情ではあるが、どことなく気まずそうな雰囲気を醸し出している。
「……フロイラインのパーソナルデータの書き換えを推奨します」
プラハトがこいつを賢くないと言ったが、確かにこれは賢くないかもしれない。




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