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第一話、フロイライン

 「マスター、これで一緒にお仕事できますね!」
 つなぎを着たプラハトは嬉しそうに言う。一方、同じようにつなぎを着たレープハフトは哀愁を漂わせている。
 「あぁ……俺の長年の相棒が」
 彼を何年も守ってきた船は、現在その形を留めていなかった。無惨にもその殆どの部品が、フロイラインの外見をカモフラージュする為に部品として使用されたのだ。一ヶ月ほどかけて分解され、二ヶ月ほどかけて組み立て直された。こんな短期間でその様な事が成し遂げられたのは、プラハトのおかげだった。情報量の豊かさと手際の良さによって、設計を考える手間と組み立ての効率が捗ったのだ。
 「まぁしかし。新しく組み直したがこの姿も悪くないな。
  これからも俺を守っていてくれよ?」
 レープハフトは前向きだったが、年々も共にした物がなくなる事に未練があるらしい。完成して数分経っているのにも関わらず、その場所から動こうとしない。離れるどころか、すり寄っている。
 「マスター。自分がやった外部ばっかり見てないで、私がやった内部も見て下さいよー」
 プラハトの声に反応して彼はゆっくりと身体を船体から起こした。船体を組み直すという重労働をしたせいか、はたまた精神的に疲れているのか、よろよろと少女の居る方へ向かう。
 「何も知らない人が突然フロイラインに入っても平気なくらい、カンッペキですよ」
 自信満々な様子で言うプラハトにはあまり期待せず、その後ろに続いた。「ここが貨物室で……」と語る声は半分くらいだけ聞き、そのほかは聞き流した。確かに、一般の船と変わりないように見える。
 「さて、マスター。どこからがコアだったでしょうか?」
 「へ? あれ?」
 レープハフトは気が付くと、プラハトと共にコックピットにいた。不思議そうに首をかしげる様子に、少女は頷いた。
 「マスターの目を欺けるなら、安心です。
  これなら、納得して下さいますよね?」
 「あぁ、納得するけど。どこからコアだったんだ?」
 レープハフトの疑問にプラハトは嬉々として語り始めたのだった。この様子ならば彼が解体した船に関して愚痴を零したり文句を言ったりすることは無いだろう。関心は既に新しく生まれ変わったフロイラインとしての機体へと、移り始めている。
 それに、彼は疲れていてそこまで気を回せるほどの力は残っていなかった。ただひたすら頷き人形のように頷いていた。



 一通りプラハトはレープハフトへと説明をした。説明事項があまりにも長かった為、レープハフトが全て記憶できたとは考えられなかった。しかしそれはただの前置きだったようだ。本題はこれからだ。
 「ここで問題が幾つか発生しました。
  実の所、コア以外はフロイラインの管理外なのです」
 レープハフトは静かに頷いてプラハトの話を促した。
 「電気系統に不備はありませんので命令はきちんと聞いてくれますが、フロイラインと外殻は根本的な部分で異なる為、フロイライン特有の機能を付属できないのです。
 その事によって何が困るかと言いますと。まず、重量が増えた上に移動時には加重が常にかかる事になります。結果的には、速度がコアのみの時よりも三十%以上は下がるでしょう。
  また、当然の事ながらフリューゲルが機能する場所を外殻と接合したので使えません。そして、自動修復機能も使えないのです」
 レープハフトはプラハトの言葉を聞いて考え込んだ様子を見せた。プラハトは話を続ける。
 「恐らく、そんな状態では今までよりも能力的に劣っているでしょう。
  そこで提案なのですが……」
 プラハトの大きな瞳とレープハフトの視線が交差する。少女は人形のように無表情な顔をしていた。いつもとは雰囲気が違うような――
 「外殻を、コアと同化させては如何でしょうか?」
 一瞬レープハフトは、プラハトが物言わぬ人形ではないかと錯覚を起こしそうになった。フロイライン自体がかなりの年月を過ごしているからだろうか。いにしえの力が生きているように感じられ、我に返る。
 「同化させるって……できるのか? そんな事」
 「えぇ。できます。
  ただし一度同化した物を再び切り離せば、形すら残らぬほどに消耗してしまうでしょう。
  要するに、マスターの思い出が詰まっている部品が使い捨ての道具になってしまうのです」
 それでも良ければ、同化させてほしい――そう言うプラハトの顔にはどんな感情も見られなかった。二人が出会ってから、まだ三ヶ月半しか経っていない。互いの事を知り尽くすには短かった。しかしこの短い期間でレープハフトに分かった事が幾つかある。その内の一つは表情だった。
 「プラハト。お前が同化して安全になるならそれで良い。
  俺は大丈夫だ」
 正直言えば、惜しい。だがその思いを通せば、間違いなく俺かプラハトのどちらかが死ぬだろう。プラハトに表情が無くなる時は、不安になっている時が多い。彼女と出会った当時は恐ろしいまでに無表情、機械的な様子で脅された。あれは怖かった。無人であるはずの正体不明の遺跡――事実、コア以外は遺跡だった――にいたのだ。旧時代の無表情な人型ロボットに襲われている気分だった。あの後すぐに彼女はいつもの調子になったから忘れていたが……。
 後日聞いてみた所、緊張していたり不安だったりするとあぁなるそうだ。という事は、今もそうなのだろう。
 今少女が不安になる要素は、マスターが自分の不注意で散る事だ。そう思ったレープハフトは相手が安心するよう、笑顔を作った。プラハトは一瞬きょとんとしたが、すぐにいつもの表情に戻った。人形のような冷たさは消えていた。
 「では早速同化させて頂きます。
  マスター、少し力を貸して下さいますか?」



 同化を試みる事数時間、ようやく同化作業が終了した。二人共に疲れた様子を見せている。特にレープハフトは力尽きていないか心配なほど、ぐったりとしている。しかしプラハトには小さな異変が生じていた。
 「ふーっ。何だか、一回りほど大きくなった気分です」
 感慨深そうにプラハトは言葉を発した。対するレープハフトは操縦席にだらりと座った状態のまま、首を少し少女の方へ動かした。軽く少女を見ると眉間に皺を寄せた。
 「おい、プラハト」
 「はい?」
 プラハトは自分の身に起きた事に気が付いていないのか、気が付いていても気にしていないのか可愛らしく首をかしげている。その様子にレープハフトは目を閉じ、軽くため息を吐いた。
 「事実、見た目が成長してるな」
 レープハフトの言葉にプラハトの瞳は輝いた。
 「より素敵なレディになった事間違いなし! です」
 レープハフトは方向性がどこかずれているのを感じながら、何も言わなかった。実際、同化する前よりも二・三歳ほどではあるが成長したように見える。全体的に少し大人びたようだ。見た目だけは。
 「なぁ、フリューゲルは使えるようになったのか?」
 「えぇ。勿論です!
  これでフロイラインは無敵ですよ」
 フリューゲルとは、あの不思議な翼の事だ。機械でもなく、光の集合体でもなく、本物の翼でもない。エネルギーの集合体と言えばそれまでであるが、単なるエネルギーの集合体ではないらしい。フロイラインの本体とそれが持つ機能はレープハフトにしてみれば、未だに理解しきれないものなのだった。
 「そりゃすげーな、三ヶ月ここで作業した甲斐があったって事か。あー、疲れた!
  俺、何か食ったら寝るわ。お前も暫く休んでて良いぞ」
 そう言うとレープハフトはプラハトの返事も聞かずにコックピットを出て行った。恐らく家に戻って休むのだろう。その様子をプラハトは見送った。主人の気配が艦内から消え去る。
 プラハトは彼が座っていた操縦席に座り、操縦パネルにしなだれた。少女は微笑んでいる。その微笑みは母親を連想させるような、優しくて包容力のあるものであった。それに呼応するかのようにコックピット内のパネルが輝いている。
  また宇宙(そら)をいっぱい駆け巡ることができるわ。
  好きなだけ、ね」




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