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第二話、二人でする初めての仕事(一)
二人は並んで立っていた。ここはターミナルの一つだ。仕事復帰第一弾として二人が選んだのは、貨物船の護衛だった。元々レープハフトの仕事は、ヴェルクンテルネーマーだ。通称ヴェルク。請負人の事である。何を請け負うか。それは様々である。傭兵のような仕事から暗殺、護衛、はたまた探偵のような事や何かの捜索まで幅広い。故に報酬もピンからキリまである。
この仕事は正直強者しかやっていけない。後は運。一ヶ月前に出会った仲間がいつの間にか消えている……ということはざらである。この仕事を長年に渡って続けていられる人は少数だったりする。レープハフトはその少数の中に入るだろう。
十年近くこの仕事を続けているのだから。
「なぁ、プラハト。
この仕事さ、何かきな臭くねーか?」
レープハフトが不安になるのには理由があった。だがプラハトはこの仕事を真っ先に勧めてきたのだ。
「確かに国からの依頼だが、これはぶっかけすぎだと思うぜ。
よっぽど何か危険な物でも運ぶんじゃ……」
「大丈夫ですよ、マスター」
少女は正面を向いたまま答えた。その顔には自信があった。不安に思っていたレープハフトはその表情を見て、冷静になった。プラハトの知識を甘く見てはいけない。己の知らない事を知っているからこその反応だったのだろう。ならば、信用しよう。彼女は自分の相棒なのだから。レープハフトはそう思い直すと、眉間にあった皺を指でがしがしとこすった。
「お前が言うなら、安心なんだろ。
任せたぞ」
レープハフトは小声で言いながら、プラハトの背中を軽く叩いた。しかし小柄な少女の身体にしてみれば結構な衝撃だったようだ。その反動で二、三歩前へ飛び出した。
「わっ、マスター何するんですか!」
噛みつきそうな勢いで振り向くが、青年は彼女を見ていなかった。依頼人が姿を現したのだ。
「お待たせして申し訳ありませんでした。
依頼人代理のクリストフです」
落ち着いたダークブラウンの毛が印象的な人だった。人と言うには少し語弊があったが。そう、彼は獣の身体を持っていたのである。種族としてはタイガーウルフだろうか。面長の顔に長くはないがふさふさとした獣毛、長めのまつげに知的な眼差しを持っている。必要最低限、無駄のない筋肉が毛皮の下に隠されているのが分かる。レープハフトは観察していた。ただの代理ではないだろう。
「初めまして、レープハフト=ドルファーです。
こちらのは助手のプラハトです」
「初めまして、クリストフさん」
二人はそれぞれクリストフに挨拶をした。彼も二人に返事を返す。
「こちらこそよろしくお願いします。
依頼の前に、お二方には念の為、IDを教えていただきたいのですが」
依頼人は慎重な人物であるらしい。普通は船の登録ナンバーを聞くが、クリストフはあえて乗組員自体のIDを聞いた。このIDとは、生まれて初めて登録された番号の部分と生まれてからの行動を示す部分で構成されている。生まれてからの行動を表す部分は、仕事や住む場所を変えたりなどをすると増える、個人情報を提供する貴重なものであった。
「レープハフト=ドルファー、ID147p546」
「プラハト=フロイライン、IDはありません」
二人はそれぞれ答えた。クリストフの瞳に力が宿る。レープハフトは心の中で焦っていた。
「プラハトさん、何故IDがないのですか?
場合によっては今回の依頼を……」
「私は一般的に言うヒトではありません。
私と彼が乗っている船、フロイラインのアンヘンガーなのです」
「良いのか? そんな簡単にバラして」
クリストフの指摘にプラハトは静かに答えた。嘘は言っていない。彼女は俗に【同調する者】と呼ばれる種族だ。しかしこの種族は人数が極めて少ない希少種だった。その為か、未だにこの種族に関しては未知な部分が多い。
「良いんです、この国を私は知っていますから」
クリストフが二人を信用してくれるかは危うかった。希少種を騙る人間も中にはいないでもない。そもそも希少種の少女が力はあるとはいえ、何でも屋のような請負人という仕事を生業にしている男と連むだろうか?そう思うのが普通だ。
「私は以前、この国に仕えていました。
その時の功績を知っている方が来ていらっしゃるのでしょう? ここに」
突然の言葉にクリストフは目を見開いた。この会話は茶番だと指摘されて驚いているようだ。プラハトが小さく微笑んだ。それに気が付いた彼は咄嗟に表情を消したが意味はなかった。レープハフトも表情の変化に気が付いていたからだ。
「今回の依頼、裏がありますよね?
護衛するのは貨物船じゃない、違いますか?」
二人はクリストフの案内でとある船内へと移動していた。そこでプラハトにしてみれば思った通り、レープハフトにしてみれば意外な人物と出会った。
「お久しぶりです、王女……いえ、女王陛下」
「フロスケル、貴女と再び相見える事ができて光栄だわ」
旧友であるかのようにその人物と話し始めたプラハトに、レープハフトは唖然としていた。勿論プラハトが女王と知り合いだった事にだけではない。彼の知らない名前を王女の下では使用していたという事実に、である。
クリストフはそれを知っていたようで、勝手に話し始めた少女に対して何も文句を言わなかった。
「今はプラハトと名乗っています。
勿論、フロスケルと呼んで頂いても結構です」
少女は慈愛の籠もった笑顔で話している。少女と話をしている女性は、五十半ばであろうか。ウェーブのかかったプラチナブロンドを肩まで伸ばし、ゆったりとした服を身につけていた。服は豪華過ぎず、貧相過ぎず。センスの良い着方であった。
「折角だもの、プラハトと呼ばせて貰うわ。
それにしても何年ぶりかしら……?」
「約半世紀ぶりかと思います。
私が陛下と出会った時、陛下はまだ幼くて可愛らしかったもの」
レープハフトはプラハトが何世紀に渡って生きている事を知っていたが、そこまでは知らなかったクリストフは驚いていた。とてもこの少女がそれだけの年月を生きているとは思えないだろう。
元々、アンヘンガーは自分の番である船が消滅しなければ生き続ける事ができるらしい。アンヘンガー達にとってトップシークレットであり、レープハフトも知らない事だが、アンヘンガーは旧遺跡の時代に生まれたっきりで減る一方だ。見た目年齢に個体差がある為、最近でも生まれる者がいると思われているが、実はアンヘンガー達はほぼ同い年なのである。彼らは何世紀、というレベルでは表せない程長く生き続けている。
「ごめんなさいね、二人とも。懐かしくて勝手に喋ってしまったわ。
本当はこんな話をしている場合ではなかったのに」
からからと笑う女王の様子は、少女のようであった。プラハトもつられて笑い出した。そんな様子にレープハフトはようやく緊張を解いたが、クリストフは優しく見つめるだけで何も言わなかった。
「依頼に関して、詳しく説明しましょう。
三日後にこの船が貨物輸送船として出航します。出航後から、目的地に着くまでこの船を護衛して欲しいのです」
女王は続ける。クリストフはいつも通りの女王らしさを見、心の中で感嘆した。
「護衛の対象は貨物ではありません。私です。本来ならば国軍を使用するのですが……
今回はお忍び故に、民間の能力あるヒトを頼りにするしかなかったのです」
ランクAのヒト中心のパーティーですよ。と女王の代わりにクリストフが言葉を繋いだ。ランクAとはA〜C、SやSSに分かれているヴェルクンテルネーマー能力別公認ランクの上位である。公認ランクBであるレープハフトは軽く頷いた。
「ランクはともかく、何年くらい続けてるんだ?そいつらは」
レープハフトはランクよりも経験を気にしているようであった。確かにランクが低いからといって、能力も経験も低いという訳ではない。事実彼は更新するのが面倒で登録時以来、更新していない。その所為で未だにランクBのままであって、能力が低い訳ではなかった。能力が低ければ仕事をして生き残っていくのは難しいが、その代わりに自然と経験が増えていく。経験が増えれば無茶な依頼をこなそうとはしない。そして経験があればあるほど、複数でやる依頼はリスクが低くて済む。その事を言っているのだろう。
「貴方達に比べたら経験不足かもしれませんね。
ですが、そこまでこの仕事が危険だとは限らないのです。
念のため、の護衛なのですから」
そういう女王は楽観的だった。プラハトも驚くほどに。
「甘く考えていては命がいくらあっても足りませんよ?
私はそう言って命を落としてきた者を沢山見てきました」
「経験不足な奴らができる事と言ったら、的になって死ぬ事くらいさ」
流石のレープハフトもプラハトに賛同した。無駄な死ほど哀しいものはない。それに、足を引っ張られるのもご免だ。誘爆して巻き込まれたら堪らないし、何よりもそんな死に方は情けない。
「自分とクライアントの命を優先しようとした結果『同じ仕事を組む相手は選ばなければいけない』という事が俺たちの間では必要になってくる。
そう思っていてもだ、クライアントの要望や都合があった場合は断れない」
そこでレープハフトは一息吐いた。女王は黙って聞いている。クリストフも何か発言しようとは思っていないようだ。
「特に護衛なんざ、経験が物を言う依頼だと俺は思ってる。今回は既に雇っちまったんだろ?俺等より先に。これがクライアントの都合。
だから今回、俺が仲間を選ぶ事はできねぇ。まぁ、精一杯全員生きて帰れるように頑張らせてもらうけどな」
だが、保証はできねぇ。そう呟いたかと思うと、おもむろに立ち上がった。
「生き残りたくて請負人を雇うなら、次回からは気をつけるんだな」
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