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Humanisation Human-type Project
    第一章「突発的な部署変更」
 第一話:無機物との邂逅、そして―― V


 中央のセンターには休憩室が複数存在している。その内の一つに柚香はいた。カイラムは柚香を降ろそうとしない為、彼が椅子に座ってその上に柚香が座るという不思議な構図になっていた。
 「カイラム、お兄ちゃんとは仲良くやってる?」
 あまりにも成長の見えないカイラムに対し、不安になった柚香は兄との関係を聞いた。兄に対して何か最下層の部分で不満があるのであれば、それを取り除かないと成長してくれない。彼らを作った柚香にはそれが分かっているからだ。
 「はい。マスターは私にとても良くしてくださいます。
  柚香、あなたのことも私に話をしていましたよ」
 「あー、私の事は良いの。お兄ちゃんとカイラムがどんな生活しているか知りたいだけだから!」
 無表情のまま俊樹から聞いたという話を始めそうな雰囲気になり、慌てた柚香は強制的に話を逸らそうとする。
 「そうですか。
  特に報告する程のことはなく、普通に生活していますよ。
  マスターに関してでしたら、あまり柚香の家に帰れないのが嫌だと偶に仰っています。
  私に関してでは、早く適合者を見つけなければマスターに迷惑がかかるとのではないかと思案する事はあります。
  しかしマスターは、私と楽しそうに過ごされるので最近はその様なこと自体思考に浮かんでいません」
 「そういうのは、思案とか思考って言わないで『思った』とか『考えた』って言うのよ」
 言葉の段階からまだ成長していなかったことに気が付いた柚香は、少しずつ不自然な言葉を指摘し始める。
 「失礼しました」
 「失礼しましたじゃなくて、『すみません』とか『ごめんなさい』よ。
  今使うんだったら、『気をつけます』とか『分かりました』で良いわ」
 「分かりました、柚香」
 「よろしい」
 満足げに柚香が言うと、カイラムに変化が起きた。
 「っ」
 カイラムがほんの少しではあるが、微笑んだのだ。驚いた柚香はカイラムの肩をがっしりと掴む。
 「カイラム、笑った!」
 「笑った?そういった動作をした覚えがないのですが……」
 先ほどの変化が気のせいだったのでは、と思いそうになるほど素っ気なく、無感情かつ無表情な返答を貰う。そのような程度で努力を諦める柚香ではなく、引き続き表情や感情などを引き出そうと空き時間を費やしたのだった。
 「柚香、カイラム、時間だ」
 「あ、お兄ちゃん」
 俊樹が顔を覗かせる。カイラムは軽く礼をした。
 「自力で歩けるか?」
 その言葉に軽く首を傾げると、カイラムの膝から降りた。数歩、試しに歩いてみると、どうやら大丈夫のようだ。
 「うん、大丈夫」
 柚香はしっかりとした足取りで歩き始めた。カイラムはぎこちない動作で柚香の後に続く。そんな様子を複雑な気分で眺めていた俊樹は、二人に分からない様な小さい溜め息を吐いたのだった。



 「小田切柚香、で合っているかね?」
 「はい」
 第三会議室に到着するなり、このGottheit(神の) Abgesandte(使者)シリーズを統括している梶原が言葉を発した。柚香は踵をカツンと合わせて答える。正式な軍隊を持ち、忠誠を誓うような組織ではないが、防衛軍と通称で呼ばれるこの組織には最低限の礼儀が必要だった。
 「君は今回不測の事態とはいえ、VI号機に乗った。
  違いないか?」
 「はい、違いありません」
 「ではカイラム」
 「はい」
 カイラムが柚香の前に立つ。まるで梶原から柚香を守るかのようであった。カイラムの顔にはやはり何の表情も浮かんでいない。
 「何故、小田切柚香を乗せた?」
 「人命を優先させたからです」
 「そこまで戦禍を広げなければいいだろう。
  お前がその場から離れていけば巻き込まれもしなかったのでは?」
 「私の中にいた方が確実に安全でした。
  離れていたとしても、流れ弾や破片がそちらまで飛ぶ可能性もあります。
  その危険を考えると、彼女を保護した方が良いと考えたのです」
 梶原の問いかけに淡々と答えていく端末は、どこか苛ついているようにも見えた。柚香と俊樹はそれを不思議に思いながら眺めている。
 「私たち端末を完全に理解し、組み立てる事ができるのは彼女だけです。
  その存在を失うかもしれない可能性を作れと仰るのですか?」
 「そうは言っておらん」
 カイラムが上官に対して意見するのを俊樹は初めて見た。いつも従順であったこの端末が自我を感じ始めたのだろうか。自我に目覚めた事を嬉しく思いながらも、そのきっかけが自分の妹であるのが少し微妙な心情だった。
 「ならば、今回の事は必然的な出来事だと考えられましょう。
  そもそも扉の間隔があの地域だけ広いのが原因です。
  人民の避難対策を怠っておきながら、犠牲者を出すな、機密を漏らすな、とはあまりにも理不尽だ」
 「……」
 「上官、意見した事はお詫びしません。
  間違った事は言っていないはずですから」
 沈黙した梶原に対してそう言い捨てると柚香の手を取った。突然の事にぽかんとしていた彼女をそのまま引っ張ってゆく。会議室のドアまであと数歩という所で、梶原が声を掛けた。
 「小田切柚香、お前の処遇だが……既に、今回については不問にする事が決定している。
  ただし部外者にあの機体に乗った事は、言うな。
  以上だ」
 慌てて柚香は梶原にお辞儀をする。カイラムは既にドアを開けていた。引っ張られた格好のまま彼女は退室していった。
 「俊樹君、あれは一体?」
 「それが俺にも分からないんだ。
  前触れもなく、カイラムがこんな状態に」
 響いていた二人の足音が聞こえなくなり静寂が訪れた頃、砕けた口調で話し始めた。元々梶原と俊樹は同期で親しい友人の仲だった。やや厳しそうに引き締まっている見た目とは裏腹に、彼は少しおっとりしているのである。言葉遣いを変えるだけで威圧感が数段上がるこの男は、先ほどまでと同じ人物のようには見えない。
 「カイラムの雰囲気も変わったね。
  僕は何だか複雑な気分なんだ」
 「そりゃそうだろう。俺だって戸惑っている」
 今までカイラムが作られてから色々と面倒を見ているのは俊樹だ。成長させようと努力しても一向に変わらなかった彼が、妹と出会っただけで成長を始めたのだ。ずっとGottheit Abgesandteのある第一防衛戦闘部を統括している梶原にとっても、喜ばしい事なのかいまいち分からない状況であった。柚香はGottheit Abgesandte端末のマザーだ。それを戦闘へ向かわせ失う事は、防衛軍としては防ぎたい。
 「俊樹君、君の妹の事はまだ保留にしておくよ。上も同意見だったし。
  だけど……時が来ればもしかしたら」
 二人の視線が交差した。言わんとする事は俊樹にも分かっているのだろう。
 「あいつがVI号機から出てくるのを見た時点で、覚悟はできている」
 諦めの混じった切なげな表情をする彼に、梶原は掛ける言葉が見つからない。俊樹にとって妹である柚香は生きる目的となっていた。それは彼女が家族となってから、今この瞬間にいたっても変わらない。
 「俺は、柚香の身に何も起こらないよう……できる事をしていくだけだ」



 引っ張られるままについて行った柚香であるが、とうとう歩みを止めた。
 「カイラム、どういうつもり?」
 「どういうつもり、とは?」
 カイラムはまっすぐと伸びている廊下を眺めている。あえて柚香の方を向かない様にしているかのようだった。
 「上司に進言するにしては、とても攻撃的だったわ。
  普通だったらクビになる所よ?」
 彼女の文句もあまり感じていないようだった。ただ、ずっと遠くを見つめている。
 「柚香の方が優先順位が高いのです」
 「何よ、それ……」
 「私には、上官よりもあなたが大切であるという事です」
 柚香は訳が分からないと大きくかぶりを振った。しかしカイラムはこちらを見ようともしない。一度、彼女は大きく溜め息を吐いた。これ以上会話を重ねても無駄のようだった。
 大きな故障や大規模なアップデート等がない限り、もう端末達と会う事はできないだろう。柚香はせめて、この成長できないでいる端末に言葉を捧げる事にした。一般的な話であっても、もしかしたら聞き入れてくれるかもしれない。そう、小さな望みを持ちながら。
 「カイラム、私は……もう、あなたとは会わないでしょう。
  あなたによっぽどの事がない限りね。
  あなたのペースで構わないから、色々な事に興味を持って……もう少し成長しなさい」
 それだけ言うと、柚香はカイラムの手からゆっくりと自分の手を抜いた。そしてカイラムが向いている方向とは逆の、元来た方向へ歩き出す。カイラムは暫くその場から動かなかった。



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