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Humanisation Human-type Project
    第一章「突発的な部署変更」
 第二話:束の間の休息、再度の邂逅 T


 自宅へと戻った柚香が携帯電話を開くとメールが数件溜まっていた。大学を二日も無断欠席してしまったからだろう。メールの差出人は、ほとんどが幼なじみのラッセルからであった。
 「マスター、マスターが帰ってくる少し前にラッセル兄さんが来ていたよ。
  それで授業で配られたプリントとノートの写しを渡してくれたんだ」
 キッチンの方から幼い声がする。リビングへ暫くしてからひょこりと顔を出したそれは、ラッセルの幼い頃を模したヒューマ――自立型の人型機械――であった。
 「ジュニア」
 ラッセル二式と名付けた柚香は、このヒューマをジュニアと呼んでいた。名付けたは良いが、あまりにも機械じみた名前にしてしまった。人前で呼ぶには少し難がある。
 「マスター、何があったの?
  僕、心配していたんだよ」
 表情豊かな二式に本当の事を話そうか迷う。抽象的にならば大丈夫だろう、そう判断した柚香は二式の頭を撫でながら話を進めた。
 「ジュニアの、弟妹に会ってきたんだよ」
 「もしかしてフリッツとか、ベスとか!?」
 きらきらと、表情を豊かにさせる二式に微笑み返す。柚香の育て上げた二式は軍用に作られた端末らに使ったAIシステムの原点だ。それだけに、端末よりも人間性に関しては優れているのかもしれない。
 「あと、お兄ちゃん達にも会ってきた」
 「俊樹と英一朗にも?
  良いなぁ……僕も会いたかった」
 「ごめんね、軍事機密だから……
  中々うまくいかないのよ」
 シュンとする二式に、うまく返す言葉がなかった。だが、少年のように見える二式はヒューマで、少年のように振る舞っているだけだ。実際は大人と同じくらいの思考能力を有している。
 「僕、心配なんだよね」
 「何が?」
 「……カイラム」
 今回二日間拘束される原因となった端末の名をあげられ、一瞬柚香は固まった。二式は彼女の動きを無視した。
 「あの子は、特殊だから」
 「特殊?」
 「うん。ある意味では特別、かな
  これ以上の事は、まだ伝えられる段階じゃないけど」
 二式の言おうとしている事は、柚香に全く分からなかった。だがこれ以上二式が情報を出す事はないというのだけは分かった。
 「そう。
  所で……ラッセルに繋げてもらっても良いかな?
  お礼とか言わなきゃ」
 「オーケィ」
 二式は軽く返事をすると、リビングの壁に掛かっているディスプレイへ手を伸ばす。ヒューマや機械独特の発音で言葉を発し始めた。ディスプレイに映像が入る。映し出されたのは、柚香のよく知る部屋だった。
 「ラッセル、突然ごめんなさいね」
 ディスプレイの電源が突然入った事に、いつもの事ながら驚く事もなくラッセルと呼ばれた青年が画面へと寄ってきた。
 「柚香、心配したよ。
  オレの知らない所で何かあったんじゃないかってね」
 軽い口調で言ってはいるが、彼は本気のようだった。目が笑っていない。柚香は軽く連絡だけでも入れておくんだったと今更であるが後悔した。
 「それが……ちょっとアクシデントがあって、端末達に会ってきたのよ」
 「端末だって?
  誰か故障したのか??」
 「ううん。そうじゃなかったんだけど、ね」
 「……あぁ、機密か。
  それじゃ、これ以上は聞かない事にするよ」
 端末と言って、それが何を指すのか分かる人間は少ない。彼は柚香のサポートをしていたから知っているだけで、深く関わってきたわけではない。柚香が渋る事は聞き出してはいけない。それは、ずっと幼い頃から一緒に居たラッセルが柚香の側に居続ける為には必要な事だった。
 「ごめんね、そればっかりで」
 「いんや?
  オレだって、そういうのある時があるしさ」
 ラッセルは現在、本体のシステムに携わっている。お互いにはなせない事は多い。それでも共通の話題はある。大学の話だ。
 「教授達には、風邪ひいたって言っておいた。
  これ以上休むようなら、風邪が悪化して肺炎になったとか言わなきゃいけないかなって思ってたんだ」
 「気持ちは嬉しいけど、勝手に重病人にしないでね?
  その調子じゃ気が付いたら殺されてそうだもん」
 「で、オレのノートとプリント見てもらえた?」
 すかさず柚香は手元にあった数枚の紙をディスプレイに向けてひらひらとさせた。
 「えぇ。軽くだけどざっと読んだよ。
  相変わらずこの教授は退屈な事してるのね」
 それは経済学の授業だった。普通の学生よりも既に知識の多いラッセルや柚香のような人間は、組織に居る事をカモフラージュする為に学校へ通っている。同級生の中にも、同じような人間が複数存在している事だろう。
 柚香とラッセルは同じ科目を取っている。元々身に付いている物の方向性が同じである為、受けなくても良い科目が同じなのだ。
 「まあね。
  でも、ここの部分は覚えておいた方が良さそうだ。
  2枚目のプリント、18行目にある――」
 「ふぅん、ありがとう」
 「で、明日の持ち物なんだけど……」
 「うん。うん」
 二日ぶりに互いの顔を見た二人に尽きる話はないようだった。



 「おはよう、昨日ぶりね」
 「うん。おはよ」
 カイラムと遭遇してから三日目、普通の日常が戻ってきた。あの後誰からの連絡もなく、一晩が明けた。
 「今日の二限って、あの教授だっけ?」
 「いや、今日は別の教授だって言ってたよ」
 他愛もない話をしながら大学へと向かう。大学にはモノレールを使わないと通えない。やや遠い場所にあった。
 「何か、あの二日間がかなり特殊だったんだって、そう思うわ」
 「え、そんなに過酷だった?」
 意外そうに顔を向けるラッセルに、柚香は笑顔を向けた。
 「慣れない事はするんじゃないなって」
 「……カイラムか」
 「え?」
 全くヒントを出してもいないのに核心を当てた彼に、柚香は少し動揺した。隠せないほどではなかったが、恐らく気が付かれただろう。
 「あの後カイラムから通信が入ったんだ。
  模擬戦闘のプログラムを組んでくれってさ。
  だから、先日の戦闘と何か関わりがあるのかなって。
  柚香が返ってこなかった日もその日だったし」
 言われてみればそうだった。ヒントはたくさんあったのだ。ただ、それを柚香がヒントと思っていなかっただけで。
 「でも、気が付かなかった事にして?」
 「うん。分かってる、大丈夫だよ」
 ラッセルは彼女を安心させるように、カイラムの名を出した時から引き締まっていた表情を緩める。部署が違うだけでこんなにも遠い。ラッセルは柚香に気が付かれないように溜め息を吐いた。



 カイラムは本体の目の前に立っていた。何をするでもなくただ、本体を見上げている。
 「……」
 ――あなたのペースで構わないから……少し成長しなさい――最後に言われた柚香の言葉がカイラムの中でリフレインしていた。
 「できる事をしろ、と言われたのです」
 「それが、シミュレーションね」
 「そうです。ラッセル」
 彼がやってきた事はお見通しだと、静かに振り向いた。ラッセルはラップトップを右手に持ち、キーを叩いた。
 「ほら、お前にプレゼントだ。
  そっちに送ったから使ってみると良い」
 「ありがとう」
 それだけ言うとカイラムは本体の中へと消えていった。
 「……」
 彼から礼の言葉をもらえるとは思ってもいなかったラッセルは、柚香が彼に何らかの影響を多大に与えてしまった事を理解した。



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