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Humanisation Human-type Project
    第一章「突発的な部署変更」
 第三話:帰宅許可請求中 T


 柚香は、呆然としていた。カイラムに助けられた所までは良かった。だが、そこから大変だったのだ。
 「また君か……」
 梶原の声が会議室に静かに響く。無許可で『カイラム』に再び乗ってしまったのだ、呼び出されないわけがない。今回は柚香だけではなくラッセルと二式が一緒だったが、人数が増えた所で事態は悪化するだけだった。
 「なぜ、このような事になっているのかね?」
 冷ややかな視線が彼女に刺さる。正直に話をした。別に、自分の意志で乗ったわけではない。強制的にだ。前回は選択の余地はあった。今回は選択肢すら与えられなかった。カイラムも柚香の主張とほぼ変わらぬ経緯を話す。
 「……カイラム」
 「私の最優先事項は、彼女を守る事です」
 「それは、プログラムされていたものかね?」
 端末に向かっていた視線が柚香に戻る。保身の為に、そのようなプログラムを入れていたのかと、疑われている。もちろん彼女は最低限のプログラムしかしていなかった。そんな事をしたと、この梶原に判断されれば軍法会議で裁かれる事となるだろう。彼女は戦慄した。
 「いえ、私は最低限のプログラムしかしておりません」
 「……」
 彼の視線は、まだ疑いの色を残している。
 「柚香のプログラムには、そのようなものは一切入っていなかったとボクが保証します。
  なんなら、あのシリーズのプログラムを皆に読めるようなものに変換するプログラムを作っても良いですよ」
 「ジュニア……?」
 「君は、Gottheit(神の) Abgesandte(使者)シリーズの端末に用いられたプログラムの原型だったな」
 柚香から視線が外れた。威圧的な視線には慣れる事はないかもしれない、そう彼女は思っていた。二式はその視線に物怖じるそぶりはない。むしろ堂々としていた。
 「ボクは、自分のプログラムをチェックできます。
  更に言うと、ボクは彼ら弟達の上位システムなのでプログラムスキャンが、できます。
  彼らを仕上げる時にエラーチェックを行ったのはボクです。
  今言った事は、きちんと上に報告してあるはずですが」
 いつもの、少年のような二式とは全くの別人だった。今の二式は、ただの柚香専用ヒューマではなく一研究者のようだ。二式を知る三人は驚きを隠せない。
 「柚香が創り上げ、ボクがチェックしたこのプログラムに自分達の保身など、虫唾が走る。
  彼らは、ここで生きる人々を守る為に作った。それを柚香も、ボクも誇りに思っている。それを侮辱するなら……」
 「……分かった。それ以上言うな。
  小田切柚香、お前は本当に人間に可能な限り近づいたヒューマを作り出す能力があるようだな」
 「彼女に近づかないで下さい」
 視線を柚香に向けた途端、カイラムが口を挟んだ。まただ。カイラムはどこか、不機嫌そうなそぶりを見せる。前回梶原と対峙した時、彼は苛ついた様子を見せていた。柚香や俊樹にしてみればデジャヴ、ラッセルや二式にしてみれば初めて見るそのカイラムに漠然とした不安を抱くのだった。
 「――しばらく、処分が決定するまではここで生活するように」
 梶原とラッセルは半ばにらみ合いのような状態で暫くいたが、梶原はそう一言告げると部屋を出ていった。緊張感のない溜め息らしき音が響く。
 「緊張したあぁぁぁぁぁ!
  柚香、大丈夫?」
 いつもの調子に戻った二式が主へと声を掛けた。彼女は、やや引きつった笑みを浮かべる。
 「う……うん。ありがとう……ラッセル、一言も話さなかったけど大丈夫だった?」
 「あー……うん、俺……全然事情わからないから……さ」
 今回の被害者は、ラッセルだろう。彼は本体の整備をする人間で柚香とは別の部署、柚香が『カイラム』に初めて乗った時の事情を知らされていないのだ。そんな可哀相な友人の肩を叩いて慰める俊樹の姿があった。
 「……大丈夫だよ、あいつは……悪い奴じゃない。
  彼なりに、お前達を最大限守ろうとしてくれてる。
  だから、彼は確証が欲しかったんだ」
 「私のプログラムに不正がないという……?」
 兄の言葉に柚香は比較的落ち着いた様子で応えた。ラッセルははっとしたように俊樹を見る。
 「そうだよ。多分……彼は、カイラムが端末としての『目覚め』として処理するつもりだ。
  柚香には、ある意味……大変な事になるかもしれないけど」
 何となく想像できた。だが、それは許される事なのだろうか。
 「私が……Kern(ケルン)に……?
  でも、無理よ。母の件があるし、私はこの子の生みの親」
 「俺も納得がいかないね。
  というか、俺は『カイラム』や他の本体に柚香を乗せたくない」
 拗ねたように言う幼なじみに苦笑する。俊樹も本当は彼と同じ意見だ。だが、まだ彼女がKernとなる、そう決まったわけではない。
 「柚香、私もあなたを戦闘に巻き込みたくありません。
  ですが……これから暫くはあなたに会えるのですね。嬉しい、と思います」
 横から端末が口を挟んだ。その顔にはかすかに笑みが浮かんでいた。
 「……カイラム」
 「おま……また、笑ってる……」
 滅多にみる事のない、カイラムの笑みに皆が固まり、目覚めとして処理すと言った梶原の言葉がリフレインしたのだった。



 柚香は臨時に用意された部屋で横になっていた。運の良い事に、彼女の部屋の両脇は空き部屋である。誰かの視線を気にする事なく過ごす事ができる。二式は、これ以上の機密へ関係させるわけにはいかないと半ば無理矢理に帰宅させられた。
 「ジュニアが、近くにいてくれたら不安も少しはましなのに……」
 ぽつりと呟くが、それに対する返事はない。ラッセルは、もともとGottheit Abgesandteの整備士である。『カイラム』と『フリッツ』の二機が先程の戦闘で3割程度の損傷を負った為、整備士の中でもチームリーダーをしているラッセルは強制的にそちらへ駆り出されてしまった。それに、この土地から離れないのだ。待機中に整備をしていようが、あまり関係ないようだ。整備で慌ただしくて他の心配をしている場合じゃないという点においては、ラッセルは幸運だったといえる。
 逆に、柚香は格別しなければけない急ぎの作業や仕事はなかった。強いて言うならば、定期的に行っている端末の精神構造の解析くらいである。柚香は解析をする余裕はなかった。むしろ、それをしようとすればするほど端末を思い起こす。逆効果だ。
 「せめて、お兄ちゃんが一緒だったら心強いけど……あれじゃ、無理よね……」
 英一朗は『フリッツ』での一般人誘導および損傷時の活動の件で報告書を纏めるように言われていた。始末書を書かされているのだ。そんな彼の邪魔をするわけにはいかない。俊樹は俊樹であの後そそくさとどこかへ行ってしまった。上に立つ人間にはそれなりに今回の戦闘は問題があったらしい。
 「はー……」
 梶原が今後の事についての会議をしている。きっと柚香にとってはあまり良い結果とならないだろう。そう、想像できるだけに怖い。カイラムと再会する直前に感じた死とは別の恐怖が込み上げる。やっていけるのだろうか。
 柚香はErschaffung(創造する者)に属している。人間は四つの分類をされている。生まれた時の遺伝子コードにより、決定される属性のようなものである。
 俊樹のようなより的確な判断を下す思考をするのが得意、またリーダーの素質を持った人間が生まれやすいといった特徴のあるKommando(統率する者)
 ラッセルのように様々な角度や視点から考察するのが得意、また記憶力の優れた人間が多いといった特徴のあるUberlegung(熟考する者)
 Kern達のように様々な物事を動かすのに特化し、何事にも柔軟に対応出来るManipulation(操作する者)
 そして柚香のように様々な物事を発明・創造するのが得意、また思考の回転が速くアイディアを産む人間が多いといった特徴のあるErschaffungである。
 必ずしも、この属性に沿った人間となるとは限らないが、様々な種類の人間が住む土地であるこの国の民を全て把握・管理する為に一役買っているものの一つである。国民はIDで管理されている。このIDによって、この人間がどのような人種・思考や行動の傾向かまである程度分かるようになっている。
 柚香は、『創造する者』であって『操作する者』ではない。気がかりなのはそこであった。彼ら『操作する者』ほど機敏に自らの身体を動かせるわけでもない。彼女は『創造する者』のタイプにぴたりと当てはまる人間だ。そんな自分が、もしKernにという命令が下されたら――そう思うだけで心底恐ろしいものに感じた。



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