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Humanisation Human-type Project
第一章「突発的な部署変更」
第三話:帰宅許可請求中 U
「……私には……お兄ちゃんみたいに……無理だわ」
柚香は起き上がって、弱々しく頭を振る。漏れるのは溜め息。ヘタすれば、真っ先に帝国軍の機体に攫われ機密を漏らす原因になる可能性すらある。そうなる前にどうにかできる自信もない。今は無人機だが、今後も無人とは限らない。中に人がいる機体を破壊など……姿は見えなくてもやっている事は殺人だ。つまり、命を消す覚悟もしなければならない。
「……できない……そんな覚悟……」
沈みきったその思考を浮上させたのは、一回だけ鳴らされたインターホンだった。顔を上げるなり立ち上がった。柚香が使っているのは部屋とはいえ、キッチン・風呂・寝室つきのものだ。一人暮らしをするには十分すぎるホームだった。
寝室から出て玄関とも言えるドアまでぱたぱたと走る。インターホンに返事もせず移動してしまった。
「ごめんなさい、今開けます!」
ピッと電子音が鳴ってドアが開く。そこにいたのは、祐一の相棒Gottheit Abgesandte-X号機の端末――ジュール――が立っていた。
「驚かせましたか?
柚香さん……いえ、マザー」
ジュールは、柚香が少年の姿に創り上げた。初めて『カイラム』に乗ってしまった日、後ろの方で他の端末と話している姿を見かけていた。その彼が、柚香の目の前にいた。
「マザーなんて、呼ばなくて良いよ。
柚香って呼んで。その方が身近な存在みたいで嬉しい」
好奇心でここまで来たのだろうか。彼のKernが指示したようには見えない。そもそも、ここにジュールを寄越す理由がなかった。
「ありがとう。じゃあ敬語もない方が良いよね?
柚香が退屈してるんじゃないかなって、来てみたんだ」
後ろで手を組んで前屈み気味に柚香を見上げるジュールは、機械とは思えない自然な動きだった。グレーの瞳がキュルと動く。
「……というのは口実。僕、柚香の事が知りたくって来ちゃったんだ」
「ジュール……」
意外な言葉に目を丸くするが、柚香はすぐに表情を緩めた。そして中へと誘導する。玄関からすぐにリビングがあり、そこにあるソファへと座らせた。
「柚香、今も僕達の管理をしてるの?」
「ええ、そうよ」
ジュールは、好奇心の塊のようで様々な質問を投げかける。しかし、どうしてこの場所を知ったのだろうか。まだ、他のKernや端末には情報を流していなかった。
「ジュールはどうやって私がここに暫くいる事を知ったの?」
「ああ、それは簡単な事だよ。
カイラムが嬉しそうに教えてくれたんだもん」
「……は?」
柚香は唖然とした。あの、カイラムが教えたと言った。しかも嬉しそうに。柚香にはそれが信じられなかった。柚香の知っているカイラムは、まだ人間の精神らしき心がまだ発達していない端末だった。短期間の間に一体どうしたというのだろうか、というのが彼女の本音だった。
「柚香が、暫くこちらへいるそうだ。
あまり動き回る事はないらしいが、会いたいと思えば……会える。
なーんて言っちゃってさ」
カイラムの真似をしたのか、やや硬めの表情だが恍惚としたような雰囲気で語る。その様子がおかしくて、柚香はぷっと吹き出した。
「カイラムがここ数日で成長したから、僕も嬉しいんだけどね?
そこまで彼を変えさせた柚香が、どんな人なのか……知りたかったんだ。
僕を創り出した人だから、もちろん元々関心はあるんだけど!」
ころころと変わっていくジュールの表情に、柚香は心の底から喜びを感じていた。自分の創ったものが成長していく。それを実感できる事ほど嬉しい事はない。
「あとね、一つだけ……」
「うん?」
「カイラムのKernになるの?
柚香……不安そうな顔してた。怖い? Kernになるのが」
「……ジュール」
ふと、声のトーンが下がったジュールに見つめられてたじろぐ。自分の創った機械に心の中を覗かれた気分だ。
「怖いよね。僕も、怖い。
僕は……僕達は、防衛用の兵器だ。守りたい人を守る為に、自分の知らない所で大切な存在だと思われている人をいずれ殺す事になる。
この土地にいる人間ではない人間を、防衛という名義はあれど殺すんだ」
柚香ははっとした。彼ら端末は柚香が思っているよりも人間に近いのかもしれない。複雑な、より人間に近い精神を持てるようにプログラムした。自動的に学習していくから、どのように成長するかまでは実の所柚香にはコントロールできないようになっている。
「だからね、柚香。
嫌だったら……ずっと僕達を見守る存在でいるだけでいいよ。
その分、僕が……僕達が頑張ってみんなを守るから」
そっと、ジュールが柚香の手を握った。あたたかい。緊張とストレスのせいか、柚香の手は冷え切っていた。
「僕は、あなたに生み出された時から……兵器として生きる道しかないんだ。
恨んではいない。むしろ、あなたを守る存在として……胸を張って生きる事ができるから嬉しいくらい。
怖かったら、心が折れそうになったら僕の所に来て?
大丈夫。柚香の心がダメにならないように、僕が守ってあげる」
自分の創り上げたものに、そんな事を言われるとは思っていなかった。握られた手から、ジュールの顔へと視線を向けると真剣な顔をした彼が見えた。
「ジュール、ありがとう……」
「うん。どういたしまして。
ねえ、最後の質問」
「なに?」
「僕達のメモリーは常にバックアップされてるんだよね?
この身体が、壊れても……柚香の手元には残るんだよね?」
彼らは随時、バックアップとして取得したデータを柚香が仕事場としている研究室へ転送するようになっている。それは、彼ら端末の動向をチェックすると同時に、破壊されてもその時点から作り直す事ができるように、という観点からである。
「そうだよ」
「僕ね、柚香と会えた事を忘れたくないんだ。
だから、そのメモリーだけは失いたくないなって」
そう言って微笑む彼は、今まで見たことのない凛々しさがあった。柔らかい笑みの中に、凛として動く事のない意志を感じさせるその微笑みは、柚香が創り出した特別なヒューマの一人である事を証明するかのようだった。
「ジュール、無理はしないでね。
あなたに何かあったら、私も嫌だもの」
「もちろん。
僕だって無理しないよ。みんなを悲しませたくないもん」
「うん」
柚香とジュールは顔を見合わせて微笑んだ。こうして話ができて良かったと、柚香は思う。データだけでは分からない事もたくさんある。今後はこうして端末とコミュニケーションを取っていくのも必要な事だと半ば職業病のように純粋に喜ぶ傍らで考えていた。
ジュールとの会話で少し精神的に余裕のできた所で、再びインターホンが鳴った。――今度は、フリッツとエリザベスが玄関前に立っていたのだった。
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