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【7月】宰相も人間
しとしとと言うよりも、柔らかいシャワーのような雨が大地へと降り注いでいた。この雨はグライベリード特有の【祝福の雨】と呼ばれる、植物が痛んだり花が散ったりという事の決して起こらない不思議な雨だ。そして、作物はこの雨が降ると必ず豊作になるという不思議な現象をもたらす事でも有名である。
「姫っ!何処にいらっしゃるのです!?」
ライアスは必死だった。フィリオーネの姿が何処にも見あたらないのだ。姫がどこかへ行くというのは今日に始まった事ではなく、今までも数回あった事ではあるが天候が天候である。所詮雨だ。例え祝福の雨だったとしても、水に濡れて身体が冷えれば病気になることもあるかもしれない。
「本当に…何処へ……?」
宰相の小さな呟きは神に届いたのだろうか。中庭の真ん中に真っ直ぐと上を向いて気持ちよさそうに佇む姫の姿があった。
「姫っ!何て所にいらっしゃるんですか!!」
ライアスが大声を出すと、フィリオーネは気が付いた様でゆっくりと振り向いた。
「あら、ライアス」
フィリオーネは彼が走り寄るのを不思議そうに眺めている。
「夏とはいえ、そんなに濡れたら風邪をひきますよ」
「折角人が、気持ちの良い自然のシャワーを浴びてたというのにー」
フィリオーネはライアスの心配をよそに、文句を言っている。ライアスは、何を言ってもふて腐れるだけだと思い、少々呆れつつも言った。
「あぁもう、早く中へ!」
「けちぃ」
誰がケチだと思ったが、ライアスは乱雑な言葉を珍しく使いつつも、自分の服と身体でしっかりとフィリオーネがこれ以上濡れないようにしていた。ライアスは自室へとフィリオーネごと入り(なんと言ってもライアスの自室の方が中庭からは近かった)タオルを取り出してフィリオーネを丁寧に拭く。
「風邪をひいたらどうするんです」
「はは…うーん。
あ。ここは優しい優しーい宰相殿に引き受けてもらうとかは?」
冗談っぽくフィリオーネは提案するが、ライアスは思案顔で少し考えると返事をした。
「そうですね。それが宜しいでしょう。
さぁフィリオーネ姫。そうと決まったらおとなしくしてなさい」
そんな返答が来るとは流石にフィリオーネも思っていなかったらしく大きな声を上げた。
「な…っ!?」
「はい、姫。早く私のバスルームで申し訳ないのですが、身体を温めていらっしゃい」
ほらほら、と促されフィリオーネはライアスのバスローブを抱え、バスルームへと入っていく。そして扉を閉めようとした瞬間に小さく聞こえてきた姫の声。
「……ありがと」
その声に、ライアスは少し微笑みを返した。ドアが閉まると、すぐさま気持ちを切り替える。
「全く、姫は……――
この隙に着替えねば」
「ライアス……大丈夫?」
フィリオーネは心配そうにライアスの顔をのぞき込んだ。
咳をしながらそう言うライアスの姿はとても苦しそうだった。
「夏風邪は辛いそうだから……無理はしないでね?」
「……やけに優しいですね。フィリオーネ姫」
微笑んで、少しでも楽に見えるようにするライアスを見て、フィリオーネは下を向いた。今にも泣き出しそうだ。
「だって……私のせいでしょ?
私の事庇って代わりに雨に濡れて、私にバスルームを貸したから…」
そう、フィリオーネがこれ以上濡れないようにとライアスが配慮したから風邪をひかずに済んだのだ。その事に彼女は気が付いていた。
「いいえ。フィリオーネ姫がバスルームへ入っている間に、私はタオルで拭いて着替えをしていましたし」
「ごめんね、ライアス……」
フィリオーネはライアスより辛そうにしていた。今までここまで親身になってフィリオーネを支えてくれた人は居なかった。たった一人ライアスだけが、自分の身の保身を考えることなくフィリオーネの為に行動してくれたのだ。
「本当に、私が代わりに引き受けて良かった。
結構辛いですからね……。
ですが、姫を守れるのなら、私はこれで良いのです」
「それに――」と続けるライアスに「?」とフィリオーネは首をかしげた。ライアスは無理をした笑みではなく、心からの笑みを浮かべて言った。
「姫がこうやって自らの手で看病して下さりますしね。役得役得」
その言葉にフィリオーネはやっと笑う事が出来たのだった。
【8月】前言撤回
この三ヶ月、彼と過ごしてきたが……私を貶めようとか、父に媚びを売ろうとかその他色々の企み事をしている様ではなかった。
ただ、何かを隠しているみたいではあるが、それはあまり重要ではなさそうだ。というより、重要ではあるが少なくとも今のところはどうでも良いといった感じだ。
それに、必死で私の事を探してくれた……――
――本当に、私が代わりに引き受けて良かった。
結構辛いですからね……。――
――フィリオーネ姫に、このような辛い思いをさせなくて私は
ほっとしているのです――
最初の頃は私に気に入られたいから恩を売ろうとしてやったのかと思った。
でも、そう言って微笑んだ彼は幸せというか、嬉しいというか……何とも言えない表情だった。私はその表情を見たときに思った。
あぁ、何て――……
「フィリオーネ姫、お茶をいれさせていただきました。
少し休憩に致しましょう」
「あら、ライアスありがとう」
ライアスはティーカップに注ぎ、姫へと渡した。
「ん?この茶葉は何かしら?
不思議。あなたの髪色と同じだわ」
フィリオーネは首を傾けている。その様子を見てライアスは微笑む。
「この茶葉は珍しいものです。紫がかった黒の様な漆黒色でしょう?
十年に一度しか収穫のできないもので、名を【ライリーン】と言います。
この対になる茶葉で同じく珍しい物ですが【アスリーン】というものもありますよ」
ふと、気が付いたかのように小さくフィリオーネは呟いた。
「それって、ライアスの名前じゃない……」
「ええ、その通りです。
私の両親は私が生まれた時に、私の瞳と髪色がその色だった為にライアスと名付けてしまったようですね」
フィリオーネは一口ライリーン茶を口にした。
「このお茶、とても美味しいわ!
アスリーンの方も飲んでみたいくらい」
フィリオーネは顔をほころませていた。だが、それも一瞬の事で次の瞬間には苦笑いへと変わってしまった。
「あ、でも取り寄せが難しかったら諦める。みんなを困らせたくないもの」
そうフィリオーネが言うと、ライアスは悪巧みが成功したときの様な笑みを浮かべた。
「そう仰ると思っておりましたので、既にここに用意させてあります。
と、言いたい所なのですが、この茶葉は私個人で所有している物ですから、気にせずに飲んでくださいね」
フィリオーネは素直に喜ぶ事にした。
「ありがとう、ライアス」
「それでは、後ほどの休憩の時にでもおいれしますね」
「ライアス、私あなたの第一印象で思った事を撤回するわ」
「何と思っていたのです?」
フィリオーネは少し考える様子を見せたが素直に答えた。
「王族に媚びへつらう最低な男かもしれないと思っていたわ。
けれど、姫のような存在にも平等に人として扱ってくれる立派な男だと今は思ってる」
ライアスはフィリオーネの言葉に感激したようだった。
「姫……私、この身果てるまで共に――」
「死ね」
宰相の言葉に対して姫の言葉はあまりにも辛辣だった。
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