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【一月】つぼみ

 「今までで分からない所、ありました?」
 「ううん。ライアスは教え方が上手だもの」
 フィリオーネはにこりとした。
 「それでは、本日のお勉強はここまでにしましょうか」
 「はぁい。――いつも、ありがと」
 フィリオーネが少し照れくさそうに言う。
 「いえ、私も楽しい時間を過ごす事ができておりますので」
 そうライアスに微笑まれ、困った顔をするフィリオーネだった。



 宰相は執務室にいた。そして一枚一枚の書簡を読んでいく。
 「毎日、よくこれだけの求婚が来るものだ……」
 ライアスはまだ大量にある書簡へと目を向ける。全て内容は「グライベリードの姫、ミースルの賢姫に求婚したい」との事だった。
 「悪いけど……今回も全て、断らせてもらうよ」



 フィリオーネはベッドに横になっていた。気持ちよさそうに伸びをして身体の向きを変えた。
 「はぁー。
  もう、9ヶ月目かぁ……」
 そう、私とライアスが出会ってから8ヶ月が経った。結構な月日が経ったのだなぁと思ってから、ふと疑問を抱く。彼は『恐らく私は長い事この国にとどまる事は無いでしょう。』と言った。どれくらいまでが長い月日だと言えるのだろう?いつまでこの国の宰相をしていてくれるのだろうか。
 彼が来てからなぜか私の評判が変わった。ミースルの花姫からミースルの賢姫へとなっていた。
 これが私たちにとって良い事なのかはよく分からないけど。
 ライアスは優しい人だ。私の為に色々してくれる。犬だって結局は自分で飼っているし。そりゃ、優しいからこそ前は信用ならない奴、気にくわない奴だと思っていたけど、今は信用できて信頼できるって思ってる。
 でも、色々と私にだけしてくれているのかと考えると、私の自分勝手な思いこみかもしれないけど……私に気があるのでは?と思ってしまう。こんなものは自惚れだ。
 それでももしかしたら……そう思ってしまう。もしかしたら、と思うのはそうかもしれない、そうであると良いなと思いたいという事。
 私は、これからどうしたいんだろう……



 【二月】影

 勢いよく宰相の執務室の扉が開かれた。
 「ライアス〜
  今日のお勉強は――あら?」
 話しかけてみたはいものの当の本人が居なかった。そして、本人の代わりに、複数枚の書簡が机にあった。よく見るとフィリオーネに関するもののようであった。
 そのいくつかを読んでみれば、どれもが求婚か見合いの申し込みという内容だ。
 「何なの……これは」
 フィリオーネの小さな呟きに答えが返ってきた。
 「今まで隠しては来たんですけれど……
  見つかってしまいましたか」
 丁度執務室に戻ってきたライアスがその呟きに答えたのだ。
 「なぜ隠してきたの?」
 フィリオーネは書簡を見つめたまま聞いた。
 「それは、フィリオーネ姫がまだ嫁いでも良いほど周りに詳しくない、という宰相としての考えです」
 その言葉にフィリオーネは不満そうに聞く。
 「じゃあ、ライアス個人としては何なの?」
 「私個人としましては……まだ、姫には手間のかかる姫でいていただきたいな、と…」
 ライアスはあまり気が進まないといった様子で答えている。そこで始めてフィリオーネはライアスの方へと向いた。
 「私……どうなるの?」
 ライアスは不安げな表情を隠そうともしないフィリオーネに戸惑いを感じた。
 「そろそろ、相手を決めないと……いい加減に国王陛下か評議員から、何か言われるでしょう」
 フィリオーネに戸惑いを感じながらも、ライアスは淡々と言葉を続ける。
 「最近は、今までよりも多くの手紙が来るようになってきたのでそろそろ限界でしょうし」
 と静かに言うライアスはフィリオーネからは不愉快そうに見えたのだった。ふと、二人の視線が交わった。
 「姫は……どうされたいのですか?」
 「わ……私は――」



 【3月】俺を信じて

 「ライアス……やっぱり、私――」
 不安げにライアスを見上げてフィリオーネは小さく呟いた。ライアスは労るかのようにフィリオーネを軽く、そして優しく抱きしめた。
 「大丈夫だから、任せて」
 可愛がられるだけの姫である時間は終わりを告げた。そして賢君としての姫の時間が始まるのだ。



 先月からフィリオーネは、これから訪れるであろう時間の溝を埋めるかの様にライアスにべったりだった。そして二人は以前よりも親密になっていた。周りには分からない程度に、ではあったが。
 「フィリオーネ姫、俺にちょっと考えがあります。
  ただ、姫は何もしないでいてくれればいい」
 「え?」
 フィリオーネは不思議そうに首を傾ける。最近では、ライアスはフィリオーネに対しての言葉遣いを以前よりも軟化させていた。しかし、今のライアスの言葉の中には硬い決心の様なものが込められていた。
 「何があっても、俺を信じていて。必ず何とかするから」
 ライアスの真剣な瞳に、あまり考えずにフィリオーネは頷いた。
 「……信じるわ。何があっても」
 詳細を教えてもらえない事に多少の不満や不安はあれども、そうフィリオーネは言った。そしてライアスはフィリオーネのその言葉に、少しほっとしたような顔をしたのだった。



 「姫」
 数日が過ぎたとある日、宰相は動いた。
 「どうしたの?ライアス」
 「帝国の第一皇子と結婚して下さい。
  式は来月、それまでに姫には様々な準備をしていただきます」
 ライアスの有無を言わせぬような、宰相としての言葉にフィリオーネは絶句した。そして無表情かつ事務的に話すライアスを見つめるフィリオーネは、信じられないという表情をしていた。だが、数日前に信じると言った手前、何も言えない。
 そしてフィリオーネは姫として返事をしたのだった。
 「分かりました。仔細が分かり次第、わたくしの所まで伝えてください」




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