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「今日の授業は、野外での実践です」
校庭に出たひぃな達は、説明をしている教師の話を聞いている。外で実践できることに対して不安をもつ者もいれば、逆に好奇心を隠せずそわそわとしている者もいる。ひぃなは教師の話を冷静に聞いているが、両隣では水鶏と棕櫚(がその二通りの人間を忠実に再現していた。
「ひぃな、棕櫚、どうしよう。私できないかも……」
「今日は俺が一番取ってやるから、覚悟しとけよ……っ!」
ひぃなはそんな二人をちらりと横目で見てから、やる気の無い声で言った。
「はいはい、二人とも落ち着いてねー」
教師の説明を大まかにいうと、こうだ。
崩祇(を授業のために封じている区域がある。そこにいる崩祇を単独で一人一体を倒すこと。この組で倒すことのできない強さの崩祇は中央に封じられているから、奥まで行かなければ遭遇することはまずないこと。
手におえない崩祇が現れたら、即座に術式で帰還する(逃げる)こと。
自分の身の安全を第一に考えること――
以上だ。
今までのは四、五人で班をつくり一体の崩祇を倒す。といった形での実践だった。だが、今回のは単独での行動だ。危険度は当然あがる。今までと比べたら難易度は高い。
力の小さい崩祇を発見できれば、今回の実践は簡単である。逆に倒せない強さではないにしろ、力の大きな崩祇であったならば倒すのは困難になる。班では分担できていた役割も、すべて自分一人でするしかないこの実践は、ある意味強くない崩祇に出会えるかどうかが要点となる。つまり運次第だともいえなくもない。
「さ、実践開始です。くれぐれも大怪我のないように!」
「きゃー、こっちこないで!!」
「うおっ!?なんだこりゃ!」
「何かいる!!!」
「あ〜ん、泥だらけぇー」
開始数分が経った。あちらこちらで奮闘しているであろう生徒達の叫び声が聞こえる。崩祇ではなく普通の蛇を見つけ逃げる者。生徒の張った罠に見事引っかかった者。崩祇を発見できた者。更には勝手に転んで泥だらけになる者もいた。
「……ふん」
そんな中で、棕櫚は油断している崩祇の隙をみた奇襲に成功し、見事に一撃で倒していた。水鶏の方は罠を張り、崩祇が引っかかるのを待っていたが他の生徒が何故か引っかかってしまい、彼女の作戦は無駄に終わってしまった。
ひぃなはというと――……
「早くっ……あなたは先生を呼びに行きなさい!」
中央部から騒ぎを嗅ぎつけた崩祇の襲撃に遭った生徒を庇っていた。
「あなた程度の崩祇なら、私にだって倒せるわ」
「ほぅ。進んで我の糧になろうと言うのか」
崩祇はひぃなを嘲笑(う。ひぃなは内心驚いていた。崩祇で言葉をきちんと話せるほど自我のはっきりしている者は、力の強い者と決まっている。狂気に身を任せて崩祇となった者ではなく、自らの意思や目的の為に崩祇となった者は、元はそれなりに実力のある神祇だったりする場合が多い。この崩祇は後者であるのだろう。
崩祇は武士の様な格好をしており、ひぃなに向けて正眼の構えを取っている。ひぃな達巫女の大抵は戦闘に符を使う。術対術である場合は、その方が戦いやすいのだ。崩祇が刀を使用している場合、巫女は符だけでは不利である。ただの人間ならば符でも対応できるが、崩祇は術も発動できるのだ。巫女が刀をよけた瞬間に崩祇の術が発動することだって起こり得る。
やはり符だけを用いるのでは分が悪すぎる。そう考えたひぃなは術式の書かれていない符を一枚取り出すと、指を傷付け術式を血で書いた。その符を口元に添え、小さく呪言を唱える。崩祇はその様子を面白そうに眺めていた。
「我が願い、我が力、この刃とならんことを……!」
ひぃなが放った言葉に共鳴するかのように、符が光る刀となった。崩祇はそれを見ると、ほぅと小さく息を吐き目を細めた。楽しそうである。元々力のある神祇であった彼にはこの娘がどれだけの力を持ち、使いこなせているのかが分かったのだ。この刀を具現化する術式はまだ彼女の年齢では習っているはずがない。力の消費が激しい上に、操ることが難しいとされているからだ。それを彼女は見事にやってのけた。それも、呼吸をするが如く自然に。
「崩祇よ。ここで退くか?それとも、態々やられに?」
「せ……先生!」
「んぁ?どうした、そんなんじゃ伝える物も伝えらんねぇぜ」
走ってきた生徒に向かって、教師の隣で暇そうにしている棕櫚が言った。でも、と生徒は言う。その様子に教師も棕櫚も何と無しに顔が引き締まる。
「ひぃなさんが、私を庇って強そうな崩祇と――」
「あの莫迦……」
「な……っ!」
棕櫚の顔は険しく、教師の顔は真っ青になっていた。そして、棕櫚の方はすぐさま生徒のやって来た方向へ走り出した。
「間に合えよ……くそっ」
「なかなかであるな、姫巫女候補よ」
「別に……っ」
崩祇は素早かった。ひぃなは、苛々している。どうも遊ばれているような気がしてならないのだ。崩祇は攻撃などせず、ずっと守りに徹している。それも楽しそうに。ひぃなはそれが気に食わない。
「誘祇上(の匂いがしておる。彼の御方との関わりが気になるでなぁ」
崩祇は聞く。ひぃなはムッとする。
「誘祇は関係ないでしょっ」
「いやいや、お主が誘祇上が寵愛している姫であったら事だからのぉ」
ひぃなは機嫌がすこぶる悪くなるのを感じた。
「何が事、よ……。
さっさと倒されてしまいなさい、この腐れ崩祇!」
崩祇はそんなひぃなを見ながら、楽しそうに笑う。
「なかなかにおもしろい姫巫女候補だ。誘祇上がお主を気に入り、寵愛の対象にするのも頷けるわ。
しかし、彼の御方は姫巫女をとらぬと勝手に誓いおるからなぁ……」
ふむ、と頷く崩祇にひぃなは「隙有り」と刀を下ろすが軽くかわされる。そろそろひぃなは辛くなってきた。そもそも刀を維持し続けること自体が難しいことなのだ。それを、かれこれ10分近く保っている。これが崩祇の戦略だとしたらなかなかなものである。
それ以上に、誘祇が姫巫女をとらないと言い張っていることを崩祇に指摘されることが辛い。自分は彼の姫巫女になるためにこうして崩祇と対峙しているのだから。
「おや、姫巫女候補よ。そろそろ力尽き始めたのか?」
「おかげさまで、力は沢山残ってるみたいだけど体力が尽き始めてるわ…」
そう言い放つひぃなに、崩祇は笑みを深くする。
「お主の巫力は素晴らしく多いのだなぁ。しかしのぉ、人間にしては多すぎるのではないか?」
「そうでしょうね。私だって元々の巫力がどれくらいあるのかさえ、分からないんだから」
「姉上」
「さっさと仕事をしなさい。愚弟」
「ひぃなが戦闘をしている。気になる。気になって仕事なんか手に着かないくらい気になる。
何か、いやな予感がする。あぁ……もう駄目だ」
「駄目なのは、あんたの頭でしょ!」
すぱこーんという、とてもいい音が仕事部屋に響き渡った。
「元々の巫力の大きさが分からない?」
「そう。だから、あまり巫力の無駄遣いは出来ないの。
いつ、尽きてしまうか分からないから」
崩祇が表情を硬くしたのに、ひぃなは面倒だというように答えた。すでに、二人とも戦闘態勢を崩してしまっている。
「それは違うぞ、姫巫女候補よ。
そうではなく、いつ…身体が耐えきれなくなるか。であろう?」
ひぃなは流石は元上級の神祇だと少し眉を上げ、答えた。
「よく知っているじゃない。私の場合は元々の巫力が人間の身体で収まりきらないから、常に巫力垂れ流し状態なの。だからと言って、巫力を出せばいいというわけではない。
要するに、この身体がいつまで持つか分からない。巫力を出そうとすればするほど、負荷がかかる。そう言いたいんでしょ?」
「その通りだとも。お主は……そのまま姫巫女になれば、恐らく神祇の力に身体が耐えきれず死ぬことになる。
お主は、力のない神祇とでしか契約することは出来ぬぞ」
「………それくらい、分かっているつもりよ」
ひぃなは俯く。表情は暗い。
「それでも。私は……誘祇の姫巫女になりたい。
それに、すぐに死ぬ訳じゃないわ。暫く経ってから、徐々に肉体が崩壊していくんだもの」
「その苦痛に耐えられるのか?お主は……」
ひぃなは、崩祇へと向き合った。そして自信ありげに、言い放つ。
「耐えられないほどだったとしても、私は耐えてみせるわ」
「そうか……」
「だから、立派な姫巫女になるためにも…あなたを斃します」
そう言い、ひぃなは再び刀を具現化させた。額には玉の汗が浮かんでいる。崩祇は、首を横に振るとひぃなへと言った。
「それ以上は、駄目だ。我が、お主についてよく教師へ言ってあげるから、力を使うのはよせ」
「私は、崩祇を斃してないのに?」
崩祇は頷いた。
「我は、崩祇ではあるがここの崩祇たちの取り纏め役なんでなぁ。
我がお主に征伐されてしまったら、それこそ大問題となってしまう。
その上、これ以上お主に力を使わせたら誘祇上に殺されてしまうでな」
「その言葉…信用するわ」
そう言ってひいなは膝をついた。崩祇はゆるりと姿を消した。それから、しばらくの後に棕櫚が現れた。
「ひぃな、大丈夫か?というか、身体はどうだ??」
「棕櫚……力、使いすぎたかもしれない……。
気持ち、悪い…ぅぷ」
「げっ、ち…ちょっと、吐くな!」
嘔吐したものは、朝食でも胃液でもなかった。紅い、鮮血。
「あー…誘祇に、秘密にしておいて……」
「……ひぃな。出来ればしておいてやる」
棕櫚は、軽く言ってくるひぃなに合わせて答えを返した。
「今日は、どこの内臓やられたんだろう……?」
ひぃなは目を閉じて、眠りについた。
背後には、慌てた教師が近くに見えてきていた。
暖かみの薄れた姫巫女候補と、彼女を抱(き沈黙する神凪(の姿があった。
補足(ひぃなの力について)
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