突然ソレは現れた。
「……」
……………。
「おい」
今、とある変態の神祇が俺が寝ている布団の上に乗っかっている。更に言えば、布団の中に俺は横になっているわけで…――
「重い。どけ…」
もっと更に言えば、横には愛しい妻がいるわけで……。因みに妻はにこにこと微笑んで笑っているが、かなり不機嫌そうだ。やや細めの目を更に細めて笑っている。が、目は笑っていない。
「しゅ〜ぅろ〜〜」
がばっ
「ぐぇ…」
堂々とこの寝屋に現れ、妻に文句を言わせず、寝ている俺に抱きついてきたのは
何を隠そうこの
祇神羅国の長である誘祇だ。誘祇よ。無断侵入は、いけないという事になっていたのではないか?
ちなみに妻は長くさらさらとした、かつ艶やかな髪をもてあそんでいる。だが俺は誘祇の重量に耐えきれず潰れかけている。
「棕櫚。君に、とってもとっても重大かつ重要なお願いをしに来たんだ」
うゎ…最悪。きっと無理難題を押しつけるに決まってる。あぁ。今回は何なのだろうか。
生死に関わるような物でなければ良いのだが…。と考えていると誘祇は再び口を開いた。
「一週間、ひぃなを頼むよ。ちゃんとしっかりきちんと護ってあげるんだよ??
要するに…『棕櫚、暫くひぃなの登下校も頼んで良い?』って事」
「おいおい…ずいぶんとまた、自己中心的な発言というかお願いというか……」
威張っているかの如く、胸を張って言う誘祇に俺は辟易しながら呟いた。そうとはいえ、断れないのが俺だったりする。あぁ嫌だ。
ちなみに、俺はひぃなが学校にいる間の護衛をしている。ひぃなは多分気が付いていないのだろうが…
「だめ?ひぃなを魔の手から護っていてほしいんだよ。
私はこの一週間、仕事を頑張らねばいけぬから」
「あぁ…草薙祇のねーさんに怒られたんだな?おおかた、『一週間ひぃな禁止令』でも出されたんだろお前…」
図星らしく誘祇は「うむぅ」と唸り…顔を上げた。
「だから、君に頼んで居るんじゃないか」
「こいつ、開き直りやがった…」
「あれ?棕櫚、おはよう
何でいざな――」
「誘祇なら、一週間仕事。
送り迎えが出来ないから俺が代わりにすることになった」
少し寂しそうにひぃなは「そうなんだ」と言った。
あぁくそ。俺はこういう顔するひぃなが見たいためにこんな事してるんじゃねぇぞ。俺は心の中で誘祇に悪態を吐きながら一応周辺に気を配る。
「まぁ、大方お前のことばっかり考えていて仕事ぼけーっとしてたから誘祇のねーさんの制裁が下ったんだろ」
「誘祇ったら、またそんな事してたんだ」
少し元気になってもらえたらしい。あーあ、俺は何でこんな事しなきゃならねーんだろ……?隣でひぃなが少しほほえんでくれたのに、後ろには怪しい神祇の陰が。ひぃな、気が付こうぜ。奴の目当てはお前なんだから。
「ひぃな、また変なのに取り憑かれてる?」
そう聞けば「あれ?」という始末。こいつ、誘祇に護られるのが当然になっててこういう関連には疎くなってやがるな?それか、いつも付きまとわれているせいで感覚が麻痺してるんだな?
「そこの怪しい神祇さん〜何してるんですか?」
俺が突然振り返って声をかけると神祇は驚いたようで飛び上がった。別に驚きをそういう風に表さなくても良いとは思うんだが…何もわざわざそんな事をする神祇がいるとは思っていなかった。
「えと、私ですかな?」
……態とらしすぎる。こういう奴が厄介なんだよなぁ。
「さっきから俺たちの後ろをついてきているだろ
何で尾行なんかしているんだ?」
神祇はにこやかに、無表情に質問している俺の事を値踏みするかのようにじっと見つめている。あー厄介だ。
「美しい姫巫女候補が見えたのでつい、ね」
「私はあなたの姫巫女にはなるつもりはないわ」
ひぃな、お願いだから俺の計算を狂わせるような発言はしないでくれ……
「しかし、わたしの姫巫女になれば有意義かと思われるがなぁ」
断られてもこの手の奴は手を引くどころか嬉しがってというか面白がって更にちょっかいを出すんだ。それを証明するかのごとくすでに発言しているではないか。
「お前、彼女が神祇の長である誘祇の守護を受けている者だという事を知っての行動か?」
一応聞いてみる。答えは分かりきっているが。
「おや…それはそれは。更に魅力的に見えますなぁ」
ひぃなは「うげ」と小さく呟いた。が、呟いた以上に表情が引きつっている。まぁ無理も無いだろう。
「手を出したらどうなるか分かっているのか?」
「えぇ。でも手に入れてしまえばこっちの物でしょう?
それに、
誘祇上(は仕事でこちらに干渉する事が不可能だ」
やっぱりそう来た。誘祇、俺にこいつらの相手をしてひぃなを護るのは一苦労だぞ?お前がすぐにでれないと分かっているからこそこうやってやってくるんだからな。とりあえず俺はひぃなを護ってこいつを追い出せば良いんだから、簡単に疲れずに追い出すにはこれしかない。
「お前とは話が合わないみたいだな」
「そうですね。だが、私の方が有利そうだ」
そうやって俺たちの事を見下していればいいさ。次の瞬間には形勢逆転なのにな。俺は術を唱えた。さぁ、お前はどう出るか……――
「我は喚ぶ、我が愛しき者を。
我は頼む、我が愛しき者に。
我は求めん、我が愛しき神祇を――」
「何?お前……」
少しは危険を嗅ぎ取ったようだが無駄だ。俺の妻は怖いぞー。自分の周りに神気が溢れてくる。うっすらと輝いて見えるそれはだんだんと形作られていく。そして俺の妻である
綾祇(が顕現した。
「な……っ!?」
「あら、ごきげんよう?未熟者の神祇殿」
「りょ……綾祇様…!」
俺の妻は結構有名な神祇である。というか、誘祇の上一家の補佐役だ。有名に決まっている。今は俺も彼女も互いを愛し合ってはいるが、始まりは戦略的な契約であった。彼女が俺に付けば、俺がひぃなの近くにいる限りひぃなは安全だから。
「で、ひぃな様に何用でしょうか?」
「な……何でもございません」
完全に怯えきっている。いい気味だ。
「それにしても」
と綾祇は言う。にこやかな綾祇にうって変わり神祇は可哀相なくらいに縮み上がっている。いや、寧ろ面白いくらいだ。
「何故このような所に居るのでしょうね?
何故私はこのような所に喚ばれたのでしょうね?」
うわ……かなり不機嫌だ。小気味良いと思っていた俺だが、とばっちりが来ないようにと祈るばかりだ。ひぃなはおろおろとすると言うよりも、我関せずというか、関わりたくないと言った様子でそっぽを向いている。向いてはいるが耳と意識だけは一応こちらに向けているらしい。
「ひぃな、大丈夫か?」
「うん…ただ、遅刻しないか心配」
あ。
しまった。
すっかり忘れてた。
「綾祇、俺等……学校行くわ。
後頼んで良いか?」
言うが早し。俺とひぃなは返事を待たずに学校へと向かった。
「あら、棕櫚。ってもう行ってしまったわ……」
寂しそうな綾祇の声が聞こえたような気がした。が、気にしている場合ではなかった。
「棕櫚のばかー!
遅刻しちゃうじゃない!」
ひぃなの悲痛な叫びが聞こえる中、綾祇はにこりと微笑んだ。
「さて、お楽しみといきましょうか?」
今度は神祇の悲痛な叫びが聞こえる番だった。
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