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 大きなざわめきの中に小さなざわめきが乱入した。
 「間に合った?間に合ったの!?」
 混乱気味のひぃなに棕櫚(しゅろ)は疲れたらしく返事ができないでいた。そこにひぃなと棕櫚が遅刻しないで来るのを待っていた水鶏(くいな)が安心したように声をかけた。
 「まだ、授業前だよ。おはよう二人とも」
 水鶏の声に安心したのかひぃなの表情が明るくなった。棕櫚はまだ回復していないようだった。
 「あぁ……助かったぁ……
  教えてくれてありがとう水鶏、あとおはよう」
 「どうしたの?今日はこんなに時間すれすれだけれど……
  今朝はあの御方には送ってもらわなかったのね」
 こういうことに水鶏は聡い為、たびたびひぃなはいちいち説明するという面倒なことをしなくて済む場合がある。ただ、あまり説明しなくてもある程度分かっていると周りから思われるために食い違いが生じていることもあり、本人はあまり良くは思っていないらしい。
 そのことを知っているひぃなと棕櫚やごく少数の知人は水鶏が知りたいであろう情報や知らせたい情報をきちんと説明するようにしている。
 「誘祇ったらね、一週間お仕事で私の送り迎えできないんだって。
  それで、棕櫚が私の登下校に付き合ってくれることになったんだけど……神祇がしつこくて手間取ったから遅刻しそうに」

 「遅刻しそうになったのは俺のせいなのか?そうなのか!?」
 棕櫚が復活した。
 誰もそんなことは言っていなかったのだが。神祇を遠ざけるのに手間取ったのは自分のせいだと勘違いしたらしい。


 「棕櫚、いつ誰がそんなこと言ったのよ……
  別に私は何も『あなたの実力が足りないから、手間取って遅刻しそうになった』なんて言ってないわよ?」
 俺の思考が復活したとたんにややこしい事を言うから思わず叫んでしまった。しかも、俺の苦労も知らずにひぃなはまたずかずかと言ってくる。心に刺さるぞ……うん。
 「くそー……」
 「棕櫚……そんな言葉、きれいな顔には似合わないよ」
 悪いが慰めてくれているように感じないんだがな?水鶏……。何でこんなやつらと連んでるんだろう、俺。でも、この二人が俺の大切な友人であることは確かだ。いざという時には俺が命に代えても守ってやらないと、と思っているくらい大切な友人だ。それに、俺はひぃなを今では家族であるかのように愛している。
 だからきっとこの心に刺さる刀のような言葉は許すべきなんだ。そうだそうなんだ…………
 理不尽な気がするのもきっと気のせいだ。気にするな俺、気になるけど気にしたらこれは負けなんだ…!


 「って、納得できるかーーーーーーーーーー!!!」
 「さっきから叫んでばかりで五月蝿いよ、棕櫚」
 「先生が教室に入ってきてるよー棕櫚……」
 冷静さをある意味失いかけていた俺への二人の指摘はごもっともだった。






 恐怖の下校時間がやってきた。今回はなぜか水鶏もついて来てくれるらしい。まぁ、戦力になるなら嬉しいんだが……心労が増えるだけな気がしてきた。
 「ひぃな、大丈夫?」
 「今のところは全然平気よ。でも、こういう時の神祇ってしつこいのよねぇ……」
 まるで人ごとのように言うひぃなに誰がそれで苦労しているんだよとつっこんでやりたくなった。そんな事をしたって何にもならない事に変わりはない。兎に角何も起こらないことを祈るばかりだ。祈る相手が『誘祇』じゃ、利益がなさそうだけど。
 「水鶏、そろそろお前の家だったよな」
 水鶏の家は学校から比較的近く、徒歩10分程の場所にある。水鶏の家から更に15分程歩いたところにひぃなの家がある。とりあえず水鶏の家を通り過ぎれば残りは半分だ。そう自分を励ます。一日目でかなり気を遣っているからあと6日と考えると辛い。
 「棕櫚、後少しのはずなんだけど……」
 返事をしてくる水鶏の声が躊躇いがちに聞こえてくる。その声を聞いた俺はいやな予感がした。こういう予感は大抵当たる。続きを促すと、
 「私の家、見あたらないんだよね」
 「ええ?道に迷った訳じゃないし、これってやっぱり妨害されているんだよね…?」
 来た来た来た来た来た!!!これは、幻惑か?それとも結界か…?俺には少なくとも結界のにおいはしない。ひぃなの方がこういう場合は即座に判断できると思うのだが。
 「ひぃな、これは結界と幻惑、どっちだと思う?」
 「んー……これは幻惑かなぁ?結界特有のにおいがしないの。
  なのにあっちこっちに(ゆが)みがあるから多分幻惑だと思う」
 幻惑にしてはあんまり上手じゃなくてすぐに見破られちゃう程度の術だけど。とひぃなは付け足した。
 「だったら早く気がつけよな」
 俺が不満を漏らすとひぃなはふくれた。
 「何よ、棕櫚だって気がつかなかった癖に!」
 「は?こうなってんのは誰が原因なんだよ!?」
 そりゃ、私ですけどー…とそれでも不満そうな顔をして答える。別に迷惑な訳じゃないからこうして俺は付き合ってやってるんだし……そんな顔させたい訳じゃって今朝もこんな風に思わなかったっけ?
 「あー俺が悪かった。兎に角これをどうにかしねぇとな…」
 「ん。無理矢理壊せばいいのかなぁ?これ」
 「ひぃな、お願いだから穏便に済まそうよ…」
 ひぃなの提案に水鶏はがっくりと肩を落とした。そりゃそうだろう、普通はそんな事考える奴は居ない。水鶏にそれは良くないと言われたひぃなは考え込んでいる。
 「この術を発動している犯人をここに呼んで納得してもらうとかは……やっぱだめだよねぇ」
 「納得はできないと思うな、だってこの娘さんが欲しいんだもの」

 「は?」
 突然水鶏の目の前に神祇が現れた。
 「だって可愛いし、ふわふわしてるし、巫力はいっぱいありそうだし、何よりも私の好みなんだ」
 目線がどこかに逝っちゃったまま頬を紅く染める姿はどこかの夢見る乙女の様に見えなくもない。だが、こいつは男だ。間違いなく男だ。骨格が男だ、てかむしろ服装からしてこいつは男だ。
 「えっと、お前誰……?」
 俺が気が抜けてしまったかのように力無く聞くと、素直に答えてくれた。
 「なんかね、偶然ここを巡回していたら好みの姫巫女候補生が歩いてくるんだもん。
  これは早く手に入れなければ!という……あ、んと名前だっけ?」
 「名前はなんて言うんだ?お前…」
 「僕は、導祇(どうぎ)。道案内なら任せてっていう感じの神祇って言えばわかってくれるかな?」
 よく分からないが素直な神祇である事だけは分かった気がする。ひぃなと水鶏は完全に呆気にとられてしまっている。俺は、こいつは誘祇の庇護下にひぃなが居る事を知らないで偶然寄せ付けられただけの神祇であると確信した。
 「ところで、そんなにこの娘は神祇に誘われているのかな?また来たって顔をしていたけれど……」
 この夢見がちで純粋そうな神祇なら真実を伝えるだけで撤退してくれそうだった。
 「こいつはひぃなって言って、誘祇の庇護下というか保護下にいる姫巫女候補生だ」
 「そうだったんだ…じゃあ、僕ではだめだってことだね」
 とても残念そうにため息を吐く導祇に哀れみを多少は持ちつつ、今回は簡単に解決できそうだとほっと一息ついた。
 「あ、でもでもまた来たって顔をしていたという事はこういう風に言い寄ってくる仲間が居るってことかな?」
 一々答えている俺が一番話せる相手だと思ったのか、心配そうに俺の方を向いて聞いてきた。
 「その通りだ。で、俺がしつこかったりする神祇からひぃなを護衛してるんだ…」
 「そうなのか……。じゃあ、今日はみんなを困らせちゃったお詫びって事で僕も彼女が無事に帰宅できるまで見守っていてもいいかな…?」
 控えめにだが、やる気満々といった感じで聞いてくる導祇に俺はこれは利用できると頷いた。
 「ありがとう!
  僕はみんなの邪魔にならないように顕現しないけど、ちゃんと見守ってるね」
 「おう」
 俺が返事をするなり、導祇は静かに消えていった。にこやかに手を振りながら。

 完全に導祇が消えた後、幻惑も消え失せ今まで通りの景色が広がっていた。俺たち三人は軽く息を吐くと会話を始める。
 「何か、悪い神祇ではなかったみたいで良かったー」
 「幻惑もなくなったみたいで水鶏の家もちゃんと見えるしね」
 「んじゃ、早くひぃなも家に帰ろうぜ」
 今日の所は、導祇が親切にも守っていてくれるらしいから前よりは気楽にひぃなの家まで送っていけそうだった。水鶏も家に入るのを確認したし、俺は上機嫌だ。



 「よし、着いたな」
 「ありがとう棕櫚、あと導祇も」
 ひぃながそう声をかけると導祇が顕現した。しっかりと責任もって見守っていてくれたようだ。しかも導祇はお礼をひぃなに言われた事が大層嬉しかったらしく、顔がにやけていた。
 「いえ、あなたにこうして笑顔を向けてもらえるだけで僕は幸せですから!」
 完全にひぃなに惚れ込んだらしい。ひぃなは苦笑していたが、嬉しそうだった。まぁ、物わかりが良い上に優しくて純粋、正直者という要素がある神祇なら安心できるから良いんだが。
 「では僕は行きますね。
  二人ともご迷惑おかけしました」
 ぺこりとお辞儀をした神祇は再びゆっくりと消えていった。

 「さあ、俺も帰るから自宅でじっとしてろよ?」
 「分かってるわ…棕櫚、ありがとうね」
 ひぃなは笑顔で手を振った。俺も微妙に疲れてはいたが笑顔を返した。
 「また明日ねー」
 「おう、また明日も迎えに来るからな」
 今日はこれで終わりだと思えば疲れも吹き飛びそうだった。が、明日の事を思うと、疲れが押し寄せてくるような気がした。



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