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 「おはよう、水鶏(くいな)
 「おはよう二人とも。今日は大丈夫だったのね」
 元気そうなひぃなと気力が有り余っている俺の様子を見るなり、水鶏は安心したかのように微笑んできた。
 「昨日の遅刻すれすれに比べたら、今日はとっても早いよ」
 「でしょう?棕櫚(しゅろ)も朝ちゃんと迎えに来てくれるしね」
 確かにいつもの俺なら綾祇といちゃこいて遅刻すれすれだ。でも、今日は(昨日も一応ちゃんと着くようにしていたのだが)朝時間に間に合うように早くひぃなの家へ向かっている。
 「悪かったな、いつもは遅刻すれすれで」
 「そんな事無いよ。
  こういう時の棕櫚は、しっかりしてて頼りになるんだから」
 ひぃなは本気で言っているらしく、とても綺麗な笑顔だ。こういう笑顔が見たくても、大抵見せて貰えない。だからこそ頑張って色々してやるんだが。こんな笑顔を見れる俺は、やはり誘祇(いざなぎ)よりも恵まれた環境に居るのではないか。と偶に勘違いしそうになる。
 誘祇の件になるとひぃなは違った微笑みをするから、それで「あぁ、俺と奴は違うんだな」と思わされる。今は別にこの笑顔で十分だ。なんたって俺には綾祇という神祇が隣に居てくれるんだからな。それでもひぃなのこの笑顔が見れると元気が出る。脱線しかけた俺の思考に待ったをかけ、惚けた顔を元に戻した。
 「ありがとう、な
  残り今日も含めた三日、頑張って護ってやるよ」
 つい、俺も笑顔で返事をしてしまう。
 「棕櫚もそういう笑顔でいつも居れば女の子が寄ってきそうなのに…」
 「俺は綾祇(りょうぎ)が居るから他の女は要らん!」
 自慢げに言えばひぃなは「しょうがないなぁ、じゃあまた後で」と苦笑いをしつつ、自分の席に戻っていった。
 水鶏は俺の近くの席に座っていたが、そこから小さな声で話しかけてきた。
 「さっきの他の女は要らん発言で数人の女の子が溜息吐いてたよ」
 そんな水鶏の顔は少しにやついている。瞳には好奇心が見えていて隠すつもりはないらしい。
 「俺にいちいち報告しなくて良いぞ。俺は知らんからな…!」
 語尾を少し強めて言うと「つまんないのー」と言う水鶏の小さな声が聞こえてきた。余計なお世話だ!



 何故かその後下校も他の神祇からの干渉は全くなかった。ひぃなは嬉しそうだったが、俺には少し引っかかる物を感じた。
 「棕櫚、大丈夫だよ」
 「だと良いがな」
 まぁ、向こうが動いてこない限りこちらは対処のしようが無い事は確かだ。ひとまずは今日が無事に終わったと喜んでおこう。
 「じゃあ棕櫚、また明日ね」
 そう言うなりひぃなはさっさと家の敷地内に消えていった。
 「何だかなぁ……」
 俺の小さな呟きは虚空へと消えた。






 三日目だ。今日乗り切れば一週間が六日だから、残るは休校日を除いて一日だ。綾祇は俺がひぃなの護衛を任されるようになってから、邪魔しないようにといつもより早く仕事へ出かける。
 「何かあったら私を喚んで良いから、無理はしないで?」
 「あぁ、お前が忙しくない時間帯だったら気軽に喚び出させて貰うよ」
 忙しい時間でも私は構わないのに…と心配そうに言う妻を仕事へ送り出し、俺自身もそろそろ出かけようとした時だった。
 「おはようございまーす」
 「は…?」
 一昨日知り合った変な神祇が突然目の前に顕現した。あまりにも近くに顕現された為に真正面から俺はぶつかったが。「朝から痛いじゃないですか〜」と小さな不満の声がその神祇から聞こえる。朝から痛いというよりも、自分が変な場所に顕現しなければ。とかいう考えは頭の片隅にもないのか?
 待て。待てよ…それよりも何でお前がこんな所に居るんだ?俺はさっぱりこの事情が分からずその後に続いた言葉を聞き逃した。
 「あ?何て言ったんだ?」
 「ですから…昨日変な神祇が居たので撃退しておきましたが、今日もしておきましょうか?と…」
 「あぁ…なんだ……はは、お前がやってくれたからだったのか……」
 俺は昨日俺がずっとしてきた事は無駄だったのかと思ってしまった。俺が昨日気を張って頑張っていたのは無意味だったのか…はは。
 「大丈夫ですか?棕櫚」
 脳天気に聞いてくるこの神祇――導祇(どうぎ)――は一応素直で従順な性格らしい。
 「つか、お前戦闘出来るんだな…てっきり俺は非戦闘系かと思ってたぞ」
 「僕は戦闘には向いていませんよ。ただ…」
 俺は聞かなかった方が良かったかもなと思った。



 事もなさげに言い放った導祇の顔は、純粋な笑顔だった。
 「ただ、誘祇上(いざなぎのかみ)の目の前に僕自身からの伝言とあの方を狙っていた神祇を強制的に導いただけだよ」



 差し出された神祇は、きっと誘祇の恐ろしさを改めて実感した事だろう。そういう事は恐らくこの導祇は考えもしていないのだろうが。だからこそこの純粋さが俺は怖いと思った。
 だが、俺はこんな所でぐずぐずとしている場合ではない。ひぃなが待っている。いい加減に向かわないと授業に間に合わなくなってしまう。
 「今日も導祇、お前が暇なら昨日と同様よろしく頼むな」
 そう言いながらひぃなの家へと向かう。背後から導祇の声がした。
 「はい!頑張って撃退しますね!」
 やけに張り切っている声だった。そして俺はふと思う。
 あいつ、変な神祇が居たと言っていたが……それは本当にひぃなが目当てだったのだろうか?と。冤罪の奴も居るかもしれないなと俺は思いながら、導祇と誘祇の勘違いによって犠牲となったかもしれない神祇に少しながら同情と哀れみを覚えた。






 「棕櫚、今日は少し遅いー」
 「すまんひぃな。導祇が突然現れて手間取った」
 ひぃなは不満そうな第一声とは変わって、可愛らしく首をかしげながら聞いてきた。
 「導祇って一昨日前に知り合った神祇だよね…?」
 登校中にかいつまんでひぃなに説明をした。ひぃなもやはり俺が考えていた『冤罪』について思う所があったらしく可哀相、と一言漏らした。その顔は苦笑気味ではあったが。



 学校に着けば、もう既に来ていた水鶏がにこやかにこちらを見やる。「待ってたのよ」と言いたさげに。
 水鶏にも今朝の出来事について説明する。水鶏の感想は
 「神祇にとっては『疑わしきは罰せよ』なのね」
 どちらかと言えば、感心したようだった。偶に水鶏の思考がどうなっているのか不思議に思う事がある。そこは感心する所ではなく、普通は誘祇達に呆れるか巻き込まれた神祇を哀れむかのどちらかだと思うんだが。
 今日は導祇のおかげかやはり何も起こらなかった。楽は楽だが、自分がだらけているようで何となく気分的には微妙だ。
 「棕櫚、明日で最後だね」
 ひぃなが静かに言った。
 「まぁな。この調子で何も起こらなければ良いが」
 俺のこの返事が気に入らなかったのかひぃなの眉がつり上がる。だが、口調はそれほどでもなく、形だけの物のようだった。
 「もー、棕櫚ったら不吉な事言って。
  私たちには『言霊』があるんだから、そんな事ばっかり言ってると大変な事になるよ?」
 ひぃなこそ力が強いんだから変な事言うなよな、と返したかったが止めた。火に油を注ぐような行為は止めた方が良い。俺が疲れるだけだ。
 「俺も気をつけるが、お前も気をつけろよ?」
 「分かってる」
 本当に分かってるのか俺には判断が付かないが、まぁ…ひぃなだしな。自信ありげにそう言われたらこっちは引き下がるしかない。それに、そうこうしている内にひぃなの家に着いてしまった。
 「今日もありがとね。じゃあ、また明日」
 「おう、またな」
 やっと明日は最終日だ。初日が疲れただけで他は意外に楽だったが。



 「棕櫚さん、お疲れ様ですー」
 どごっ
 「いっ…!?」
 俺はまたもや突然目の前に顕現したらしい導祇に真正面から突っ込んだ。
 もうすぐで家にたどり着く所で、気が緩んでいた所為か勢いよく突っ込んでしまった。勢いが良かったなりに痛い。
 「痛いじゃないですかー」
 朝と同じようなやりとりをした後で、導祇が話しかけてきた。
 「今日はお二方ほど強制的に導かせて頂きました」
 満足そうに俺に報告をする導祇の声は弾んでいた。楽しいらしい。そんな導祇に質問をしてみる事にする。
 「どうやったらお前は誘祇の所に奴らを強制送還してるんだ?」
 ばっと俺を見やると、導祇はよくぞ聞いてくれました!という顔をしたが、それも束の間。含みのある笑顔になった。
 「残念ながら、それは企業秘密なんです。
  少し教えてあげますと、とある条件を満たせば僕の属性が『何かを何処かへ導く』なので共鳴を利用して(みち)を開く事が出来るんです」
 「開いたらどうなるんだ?」
 「開いたら、そこに突き落とせば良いんです」
 ほら、簡単でしょう?と言う導祇の顔は本当に楽しそうで。俺はある意味こいつは恐ろしい存在だと思った。
 だが、条件を満たせない場合は役に立たないという事でもある訳で。こいつの話術に丸め込まれずに条件とやらが満たせなかった場合、ひぃなに向かって顕現できる可能性が高いという事になる。頭の良い神祇ならば導祇の話術に騙される事は無いだろうから、気を引き締めていなければいけなかったようだ。
 俺は少し腑抜けていたようだ。しかも最終日とあればきっと最後の機会という事で来るかもしれない。今までは運が良かったという事か。
 「明日も頑張ってくれよ、導祇」
 「もちろんです」
 こいつが何処まで通用するのか知らんが、明日は気を緩めてはいけないと俺は考えを改めた。
 あーあ、何で俺はこいつに頼った形で満足していたんだ?こいつは戦闘になったら真っ先に消える種類じゃないか。頼っていた俺の考えが浅かっただけではあるが、八つ当たりしたかった。
 「失礼します。ではまた明日」
 不穏な空気を察したのか、導祇は挨拶をしてさっさと消えてしまった。
 当たる相手が居なくなり俺はその気持ちを溜息と一緒に外へ出し、家へと入っていった。明日何があってもひぃなを守れるように準備をしなけねばと頭を切り換えながら。



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