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 いよいよ誘祇(いざなぎ)からのはた迷惑な『お願い』から解放される日がやってきた。今日が最終日だ。最終日だぞ。今日さえ乗り切れば俺の役目はいつも通りの楽な物に戻る。学校に居る間だけひぃなを護っていれば良いんだ。
 そんな風に考えてばかりだったからなのか自然と表情が緩んでいたらしい。朝、ひぃなに会って直ぐに
 「棕櫚(しゅろ)、今日は機嫌が良いね」
 などと言われてしまった。不覚。


 登校時、何も起こらなかった。
 授業中、ひぃなが防御の術に失敗したらしい。ひぃなの隣の席にいた男子が全身の痺れを訴え、保健室に担ぎ込まれていった。
 どうやったら防御の術が麻痺の術になるのか不思議だが、俺も人の事は言うまい。

 「棕櫚さん!どうしたら防御の術が火炎の術になるんですか!!」
 「さぁ…?」
 俺様は攻撃系の術が得意なんだ。んなもん知るか。


 そんな中、いつも水鶏(くいな)だけは成功する。防御系だけは水鶏に適う奴がこの組の中には居ない。  「彼女を見習うように」と言われても俺には無理だ。見習える物ならとっくの昔に見習っているさ。



 下校時間間際になって俺はふと思った。俺の周りにいる神祇以外で、誘祇が一週間という期間ひぃなと接する事が出来ないという事情を知っている神祇は襲ってきた奴ら含めていたのだろうかという事だ。誘祇が居ないから襲ってみましたという奴らばかりならば、今日がその最終日である事も知らないだろうし、知らないという事は後日に回す神祇も居る可能性が高いという事だ。
 もしかしたら、昨日の様に導祇が何とかしてくれるかもしれないし、俺が何とかする事になるかもしれない。今日が最終日だからと根気を入れて俺たちに特攻してくる奴らが多いとは限らない事に、気が付いてから俺の心の警戒心は更に軽くなっていた。


 それを人は「油断する」と言う。


 「棕櫚、顔の筋肉が緩んでる」
 水鶏にまで指摘されてから、改めて気を引き締め直す。数回も指摘されるほど気が緩むとは……
 「その気持ち、分からなくもないから」
 「はは……」
 俺って、意外に浮かれやすいのか……?
 「ひぃな、棕櫚のことあんまり頼りにしすぎない方が良いからね」
 「大丈夫だよ、水鶏。
  それくらい分かってるから」
 ひぃなに言われたのがさりげなく衝撃的だった。
 そのまま帰りの集会が終わり、下校時間となった。
 いつも通り三人で帰る。導祇は恐らく顕現せずに近くを漂っているのだろう。今度顕現する時は、俺にとってもあいつにとっても安全な場所にしてくれると助かるんだがな。


 歩いている内に俺の、誰も襲ってこないかもしれないという考えは見事に崩壊した。しかも更に悪い具合に。

 「やっと妾の出番となった」
 「あなた、誰ですか?」
 俺が対応する前にひぃなが答えた。神祇の様だが、かなり質の悪い神祇だった。
 「妾はずっとこの時を待っていたんじゃよ〜」
 線を引いたかの様な細い瞳がキラキラとしている。恐らく、元精霊なのだろう。若しくは稲荷神。しかし力に魅入られ、元の役割を放棄した側の神祇だった。
 「そこのおなご、妾の姫巫女にどうじゃ?
  妾と一緒になれば、そなたも楽しかろう」
 力を欲すだけの神祇。崩祇予備軍だ。大きな力をたまたま所持していただけだろうにな。
 「俺には、可愛い嫁さんが居るんでな。
  簡単にはそっちには行けねぇよ」
 今度はひぃなの代わりに答えてやった。
 「棕櫚、あんた莫迦でしょ」
 「おかまなぞ、妾は欲しくないんじゃよ」
 ひぃな、嬉しくないつっこみありがとうよ。やっぱり、お前は奴の目を逸らそうとしている俺の事なぞ、どうでも良いみたいだな。
 更に、俺の期待をお約束通り裏切った導祇が顕現した。
 「はーい、皆さん僕が来たからあ……」


ごすっ


 『〜〜〜〜〜っ!!!』
 「お前こそ、莫迦だろ……」
 痛そうに腹を抱えて唸る導祇と、真っ青な顔をして頭を押さえる神祇の声にならない悲鳴が重なっていた。
 先に導祇の方が痛手から立ち直り、言葉を発した。
 「棕櫚…痛かった」
 「……俺に言うなよ」
 気を取り直して、導祇が声を出す。
 「所で、僕は導祇。貴方の名前は?」
 「?……妾はこぎ、じゃよ」
 「狐祇ですか」
 導祇はにっこりと微笑んだ。
 「それでは、狐祇」
 狐祇と言うらしい神祇の背に黒い空間が生まれた。俺はなるほど。と納得した。
 「行ってらっしゃい」
 そして、ぽん。と彼を軽く押した。彼はそのまま黒い空間に向かって倒れ――
 黒い空間は消えた。

 地べたに倒れた狐祇とやらを残して。
 「えええええええええ」
 「あれれ…?」
 がっかりする俺等三人と、不思議がる導祇に向けて倒れている神祇は嗤った。
 「妾がいつ、狐の神だなどといった?
  妾は、嘘の神。嘘祇じゃよ」


 「うん。逃げよっか、みんな」
 「へ?」
 へらっと導祇は笑いながら言った。
 「安全な場所に逃がしてあげるから」
 一方的に話を続け、円を描いた。
 「導祇とやら、妾を置いて逃げられると思っておるのか」
 嘘祇はにやりとしたが、導祇は冷静だった。
 「置いていかないから安心して」
 その優しげな微笑みに嘘祇は唖然としていた。
 「さ、また会おうね。みんな」

 ――我、導かん。我が君の下へ――

 次の瞬間には、導祇と嘘祇の姿は全く見えなくなっていた。



 「ここ、どこ…?」
 最初に口を開いたのはひぃなだった。水鶏は呆然としていた。導祇の行動が衝撃的だったようだ。
 「導祇が、最良だと思った場所だろうな…」
 俺は、ぽつりと呟いた。それから暫く、といっても1、2分の間だろうが俺たちは沈黙していた。
 「あぁ、ここに居たか」
 どこか疲れた様子で静かな声と共に神祇が現れた。地祇だ。
 「導祇が逃がしてくれた。
  あいつ、大丈夫なのか?」
 俺は、あの神祇に導祇が適わない事を知っておきながら聞いた。残酷だとは思っているが、気になった。
 「大丈夫じゃないだろうな。だが、心配しないで良い。あいつが決めた事だ。
  お前達は、俺様が直々に守ってやるから気にする事はない」
 地祇は、緩やかに笑顔を作った。
 「なぜ。俺たちにここまでしてくれる?
  お前にとって、導祇は大切なんじゃないのか?
  あいつは…我が君の下へと、お前の事を『我が君』と確かに言ったんだぞ」
 ひぃなと水鶏は俯いてしまった。地祇は、俺の言葉を聞くと少し嬉しそうな顔をした。
 「あぁ。大切だ。だが、大切な奴との約束は守りたいだろう?」
 「約束を守ったら、導祇は何事もなかったかのように俺たちの前に現れてくれるのか?
  俺は、約束は大切だと思うが……納得いかん」
 地祇の失ってでも約束を守りたい。という考えは俺には理解出来なかった。大切な奴を失ってまでも守りたい約束なぞ、有り得ない。出来る事ならば大切な奴を失うことなく、約束も守りたいではないか。
 俺の、この考えを知ってか知らずか。地祇はなぜか笑い出した。ひぃなと水鶏が顔を上げた。
 「若いな。そうであるからこそ、お前達を神は愛しく感じるのだ。
  人間よ…我らが命よりも大切に思うのはお前達なのだ。
  守れねば、我らが存在している意味がない」
 「それでも…!」
 これは、俺の声じゃない。ひぃなの声だ。
 「私は!私は、そうやって生きていくあなた達神祇を見るのが哀しい…!!」
 ひぃなは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。



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