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 そんなひぃなをふと、地祇は見つめた。
 「そういう風に、創造者である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)に創られたんだ。俺たちはな……
  それでも、そう創られた事に誇りを持っている」
 ひぃなは納得のいかない表情だった。勿論俺も、納得がいく訳がなかった。
 「導祇を失ってまでも、その約束とやらを守って何になる…!?」
 「導祇の肉体は守れないが、その意思を永遠に守り続けられる」
 人と共存することによって無制限の生命を与えられた神祇にとって、俺たち人間の考えとは相容れる事が出来ない何かがあるのかもしれない。そもそも別の種族ってくらい、違いがある人間と神祇だ。考え方の根本が違っていてもおかしくはない。だが…っ
 「そういうお前らを見て、その原因である俺たちはどうすりゃ良いんだ?
  俺たちは、自分たちを責め続けてしまう。それで人間を守れていると!?」
 「それは……」
 地祇は何かを言おうとした。だが、ひぃなの方が早かった。
 「私たちは、貴方と導祇がどんな約束をしたか知らないわ。
  でもね……失ってからじゃ、遅いと思う」
 ひぃなの言う事は尤もだ。失われたものは、取り戻す事ができない。取り戻す事ができるものは、この世界に留まっているものだけだ。死ぬということ、または消滅するということは、この世界に存在していないということだ。導祇が、このままでは俺たちの手の届かない場所へ行ってしまう可能性が高いことくらい、ここにいる俺たちは分かっているはずだろう?なのに、なぜここまで平然としていられるんだ!
 「導祇は、な。
  自分の命よりも、俺たちが守りたいと共通で思っている者を守ること。
  そういう約束を俺にさせたんだ」
 そう言う地祇は、少し困ったような表情をしていた。今まで黙っていた水鶏(くいな)がとうとう口を開いた。
 「地祇……貴方の考えは、間違ってはいないわ。
  でも、それは哀しい事」
 静かに語る水鶏の姿は、どこか長い時を生きてきた神祇のそれと似ているようで、違和感を感じた。
 「貴方自身がその約束で何も行動を起こせないというならば、私たちが起こしてしまっても構わないかしら?
  私たちが動かなかった事によって導祇を失っても、後悔しない自信はある?」
 地祇は、導祇の事を考えていたのだろう。数秒、考え込むかのように沈黙した。
 「俺は、何もしないつもりだ。勿論、後悔しない自信は無い。
  だが……あいつとの約束を破るほどの根性も無い」
 「なら、私がやる」
 「ひぃな…?」
 さっきまでは俺と同じように憤っていたはずのひぃなが静かに言い出した。水鶏もやや驚いたようだ。
 「私なら、できる。
  導祇の所へ、行っても良い?」
 突然の事に、俺たちは理解出来なかった。その証拠に、地祇でさえ、きょとんとしている。
 「無言。行くね、私」
 「……え、あ…お嬢…じゃなくて、ひぃな……?」
 地祇は、相当混乱していたらしい。呼び方が変だ。水鶏は、はっとした顔をした。俺と地祇は何のことだか分かっていなかった。
 「じゃあね」
 「あっ……ひぃなっ!」

 ――我を、導祇の下へと誘いたまえ
    我を助けようとした、彼の者の下へと導きたまえ――

 ――我が血脈によって路を開かん――



 「行っちまった……」
 ひぃなが消えた途端、俺たちは脱力した。集中力が突然切れたのだ。集中力が切れた事によって今までの雰囲気が崩れる。要するに、緊張感が無くなった。
 「あー……坊主、棕櫚(しゅろ)?って名前?」
 そう言えば、俺はあいつに名乗っていなかった事を思い出す。
 「あぁ。俺は棕櫚だ。
  隣のは水鶏」
 「そーかそーか。忘れるかもしれんから大地に刻んでおくか……
  んで、ひぃなちゃんさ。俺の加護まで拾い上げて行きやがったぞ」
 地祇は微妙に呆れ顔で言った。俺は、何の事だろうかと首を捻る。
 「自分の力あまり使わないで済むように俺等のを盗んでったって感じか?
  取り敢えず、俺は少し疲れた。全体の十分の一くらい」
 ………微妙。つか、それどころじゃねーじゃん。今。でも、やっぱり緊張感がない。
 「地祇!俺たちをひぃなんとこ連れてってくれ!」
 「えー?俺、何もしないつもりでいるのに?」
 どこか面倒くさそうな意思の籠もった言葉に俺は苛ついた。というか、むかついた。
 「へぇ……。
  お前が導祇とした約束は、ひぃなが巻き込まれても俺は何もしませんってやつだったか?
  あーあ。導祇、ひぃなの事気に入ってたもんなぁ…巻き込まれてたのにお前が何もしに来なかったって知ったら、悲しむだろうなぁ」
 半ば八つ当たり、半ば脅しで言ってやった。地祇は少し焦ったのか大声を出した。
 「あー、くそ。動くよ。動けば良いんだろう!?」
 そう言うなり、地祇は俺と水鶏をがしっと掴んだ。



 「あれ…誰」
 「ん?どう見たって、あれは導祇だぞ」
 俺たちが見たのは、呆然としているひぃなと倒れている美人なお姉さんだった。あと、そこに立っている嘘祇(こぎ)。嘘祇は何だかよく分からないが、やつれていた。俺たちが見ていない間、一体導祇に何をされたんだ……。
 「あの、美人なお姉さんが、導祇?」
 「そう、あれが本当の姿だぜ」
 導祇は生きているようだ。神祇は、普通死ぬと世界の調和を保つために四散し、消滅する。倒れているとはいえ、形が残っているのだからまだ大丈夫だろう。
 「てっきり、俺は導祇が男神だと思ってたぞ」
 「男装が趣味なんだ。すまんな。
  それよりもこの状況をどうするんだ?」
 地祇と俺だけが平常心を保てているようだ。水鶏は目を丸くしたまま動かない。ひぃなは、この惨状に開いた口がふさがらないらしい。
 嘘祇が漸く俺等に気が付いたらしい。だが、何だか動きが散漫としている。本当に何をされたんだ……。
 「おぉう。お前達戻ってきてくれたんじゃのぅ…」
 声にも張りが無くなっている。大丈夫だろうか?敵であるが、ちょっと可哀相だ。
 「妾はもうだめじゃよー
  真名を奪われてしもうた…」
 此奴を滅ぼしてしまうつもりじゃったのに。と言う言葉が、哀しく響いた。まぁ、自業自得じゃ?
 「もう良い、もう良いのじゃ…
  妾は、誘祇上(いざなぎのかみ)の裁量を待つ」
 どうやら、真名を奪われて戦意を喪失したらしかった。真名を奪われたのは災難だったとしか俺にも言えないが、命を導祇に握られている状態に等しい訳だからな。そりゃ、戦う気も失せるだろ。


 暫くひぃなは呆然としたかのように動かなかったが、気が付いたのか導祇の方へと走っていった。
 「導祇…っ」
 導祇はぐったりとしてはいたが、外傷はないようだった。地祇がゆっくりと近づいてくる。その様子に俺は内心ほっとする。あの表情なら何も心配が要らないようだ。
 「また、無理しやがって……」
 地祇が優しく導祇を抱きしめた。やっぱ少しは心配だったんじゃないか。改めてこれが本当の姿だという導祇を見た。ふんわりとした髪が緩く波を描いている。結構華奢な身体に控えめな色合いの帯を締めていた。顔は……まぁ、面影があるな。
 そんな風に考えていたら、地祇が導祇の唇へと触れた。勿論地祇の唇が、だ。何か覗き見しているようで微妙だな……。自分がする分には別に良いが、他人が接吻しているのは照れるような?まぁ、巫力を分けて貰わないとこのままじゃ起きなさそうだしなぁ……。
 ひぃなと水鶏は恥ずかしそうにしていた。そういう風にする方が恥ずかしいと思うがな。俺は。
 「こいつな、元々力のある奴じゃないんだ。
  だから俺がこうして力を分けてやっている。
  もう少ししたらちゃんと目覚めるだろうから心配しなさんな」







 「棕櫚さーん、今日も元気ですね!」
 翌日、元気になった導祇はかなり溌剌(はつらつ)としていた。
 「おぅ、お前も……って、瞬く間に元に戻ってるな」
 そう。あいつはまた男の姿になっていた。女の姿の時は本気の時だけなんだそうだが、この前確かめた所「だって、可愛らしいお嬢さんが好きなんですよ〜」と言われた。地祇、こんな奴が相棒で良いのか?本当に。
 「これが僕の標準ですから!」
 とまぁ、こんな感じで心配はしない方が良いみたいだ。そして、あの後嘘祇はどうなったかと聞いてみる事にした。気にはなっていたんだが、なかなか切り出せなくてな。いや……だって、怖いじゃん?
 「嘘祇に対する誘祇の裁量ってどうなったんだ?」
 「それがですね〜」
 楽しそうに、というか嬉しそうに話す導祇に俺は何だか心配な気持ちになった。
 「こんな結果になったんじゃよ〜…」
 と、突然嘘祇が現れた。しかも俺の頭上に。
 「うぉっ!?
  重てぇよ!つーか、どういう結果だ!」
 嘘祇はしくしくと語り出した。内容はくだらない。
 「妾はな……此奴の僕の様な存在になってしまったんじゃ〜!」
 「あ……そう」
 誘祇にしては、軽い刑罰なのではないか?何か裏があるとか…か?
 「誘祇上ね、僕が嘘祇が欲しいって言ったらくれたんですよ〜
  今回は僕に迷惑を掛けたから、僕の好きなようにすれば良いって!」
 単に誘祇の奴、ひぃなと会えない時間が多かった上にずっと仕事だったから色々面倒になったんだな。
 「あ、ひぃなさ〜ん!
  嘘祇が僕たちの仲間になったんですよ〜〜」
 通りがかりのひぃなに導祇が声を掛けた。ひぃなは嘘祇を見た途端に、一瞬敵意を見せたがそれも導祇の嬉しそうな顔を見て、何だか哀れみを持ったらしく同情のまなざしを送っていた。まぁ、確かに可哀相な感じはするがな。
 「ひぃなー!」
 「あ、誘祇……お久しぶり」
 誘祇のひぃな禁止令は終了したらしい。誘祇がやつれてはいるものの、どことなく目が生き生きとしている。誘祇は軽やかにひぃなの所へとやってきて抱き上げた。いわゆる「高い高い〜」みたいな感じだ。ひぃなも楽しそうだ。そうやってひとしきり誘祇は久々のひぃなを堪能した後、俺の方へとやってきた。
 「一週間、ありがとう。棕櫚。
  とても君のおかげで助かったよ!
  また、何かあった時はよ――」
 嫌な予感がしたから俺は奴が言い終わる前に言ってやった。
 「今度からはお前が自分で守れ。
  守れない状況なんぞ、作るんじゃねーよ。阿呆」
 俺だけじゃ何も出来ない時の方が多いんだから、しっかりしやがれ!全く、誘祇は俺が言った事に不満たらたらの様で、ずっと何か俺に言ってきている。煩いが……まぁ、無視。
 取り敢えず、……一日とかならやってやるが、今後は一週間とかの長期間はもう嫌だ……!

第二話:棕櫚の災難 了



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