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 私はみんなの笑顔を見るのが好き。
 特に、二人の親友が幸せそうに笑っている姿が好き。
 二人が笑顔でいられるなら、私はどんな事でもできる気がするの。


 でも、この前の事柄が二人から笑顔を奪ってしまった。
 私が巻き込まれなかったら、こんな事にならずに済んだだろう。


 私は、気まずい雰囲気になってしまったひぃなと誘祇(いざなぎ)の仲をどうにかしなくては――
 と、思うんだけど……



神祇の宴
第一紀「宴」
 第四話:神祇召喚実験




 「ふぅ……」
 今日も誘祇は来ない、そう言って苦笑するひぃなを横目に、私は溜め息を吐いた。
 棕櫚(しゅろ)は何か、思い詰めた様な表情をしている。二人とも雰囲気が暗い。
 そんな様子を見ている私も、辛い。
 「ひぃな、会えなくて寂しい?」
 誰に、などとは聞かなくても分かると思って言わなかったけれど、もちろん誘祇の事だ。私は内心……彼の努力のことごとくが裏目に出てしまっても、健気に努力を続けるという彼の姿勢を尊敬している。
 そりゃあ、努力が裏目に出たいとは思ってないけれど。でも……かなり前向きな行動力よね。
 「寂しくはないかな。
  だって、誘祇はこの世界にいるんだもの。
  それに、暫く会いたくないって言ったのは私の方だし」
 いつもの調子に少し戻ったように見えるひぃなは、直後に机へ肘をついた。そして、少し情けない表情を見せる。
 「それよりも気まずくって。
  だって、その……偽物だろうと、あそこまで似せるには……」
 彼女の言いたい事は分かる。偽物と、最低一度は肌を合わせているはずだと言いたいんだ。神祇と同じ気を持つ事は簡単ではない。同じ気を共有するには何かしら、気を混ぜ合わせる必要がある。姫巫女と神祇が夫婦(めおと)の形態をとっているのには事情がある。姫巫女が神祇の力を自らの力として利用する事ができるのは、この世界に生きている人間であれば誰もが知っている事実。でも、なぜそうしなければならないか? そこまで知っている人はそうそういない。
 神祇の力を自らの力と交換し、(みち)を作る事によって初めて可能となる。この、力を交換するのに手っ取り早い方法が、交わるというだけで。時間がかかっても良いならば、側にいるだけでも可能なの。すごく時間がかかるそうだけどね。だから、普通は交わる事を選ぶ。
 誘祇が直々に対処し始めてから数日と経っていない。そんな状況を見れば、誰しも同じ結論に達すると思う。
 でもそんな経験も、そんな覚悟もない私にはあまり接する事のない話題だった。
 「そうね。
  でも、あなたの為と信じての行動だわ」
 「分かってるけど、そういう誘祇は見たくない、気が……する、の。
  気持ちの整理がつくまでやっぱり会えないよ」
 自らの犠牲を承知で、という部分なのか、男という性質の部分なのか、どちらか私には分からなかったけれど。ひぃなも困惑しているようで、次の言葉はなかった。
 「ひーぃな」
 「ん?」
 棕櫚がひぃなの肩にのしかかる。一瞬、彼女の表情が明るくなる。私とひぃなにとって、棕櫚は頼れるお兄さんのような存在になる時がある。今が正にそんな時だった。
 「なぁ、今度俺達が誘祇と会ったら……あいつの事、一発殴っても良いか?」
 先ほどまで考え込んでいたのはこの事だったのね。棕櫚らしいわ、と思いながら二人の会話に耳を傾ける。
 「棕櫚、理由は何?」
 ひぃなはちらりと棕櫚を見遣り、興味深そうに聞いた。彼はひぃなの肩から離れる。
 「愛する相手が居るのに、他の相手と夜を過ごす事が……同じ男として、許せねぇ。
  しかも、ひぃなだぜっ!?
  俺の可愛いひぃなだ。そんなのは、あいつにとってだって同じだろうよ。
  何せ、お前に関係する事なら俺が奥さんと(ねんご)ろしていたって、乱入するくらいなんだからな」
 「はは……」
 誘祇の非常識ぶりにひぃなが乾いた笑いを洩らす。まぁ、普通なら夜の営みの時くらいは遠慮するよねぇ……。
 「それくらい、ひぃなの事に見境なくなっちまうのに……あれは許せん。
  だから、一発殴らせろ」
 棕櫚らしい言葉だった。棕櫚だって最初は、ひぃな以外の女性と結婚するなんて考えた事もない人だった。
 ただ、ちょっとした決意によってその考えが、がらりと変わる事になっただけ。未だに彼の中でひぃなを人間の女性では一番愛している。
 愛は、どんな形にでも化ける。それを私は彼らに教えられ続けている。
 「そこまで棕櫚が言うなら、良いよ。
  ありがとう、棕櫚」
 ひぃなは棕櫚を兄弟の様にしか見ない。それを知っていても棕櫚の気持ちは生涯変わらない。ひぃなと愛しいと思う気持ちは変えられない、そう呟いた彼を覚えている。
 あの時はあの時で、棕櫚は辛そうにしていたけど。
 「ひぃな、気持ちの整理がついたら俺の事を呼ぶんだぞ」
 「うん」
 二人は見えない絆で繋がっている。とても素晴らしい事だ。私の表情も、そんな二人を見ていると自然と解れてくる。
 「ひぃな、その時は私も呼んでね」
 そう言えば、彼女は嬉しそうに返事をする。
 「もちろんよ。
  私の大好きな親友だもの」



 がたがたと周りが慌ただしくなる。先生が来たみたい。
 「じゃあね、ひぃな。
  また後で」
 「うん、またね」
 ひぃなは近くの席に戻る。棕櫚はちゃっかり授業の腰囲まで終わっていた。最初から出したままにしておいたのだろう。彼はいつも、そうだから。
 淡々と進んでいく授業、生徒の大半はまじめに受けている。私は棕櫚を見た。
 ……寝てる。でも、彼の眠り方はすぐに見破れないほど上手だった。よく見れば、目が閉じていて彼の書いている文字が、文字とは言えない何かであると分かるだろう。
 筆を器用に動かしながら寝るなんて、大抵真似できたものじゃない。くすり、と笑いを少し漏らしてから視線を移した。
 ひぃなに目を移すと、やや退屈そうにではあるけれどまじめに授業を聞いていた。ひぃなは勉強家だから、今やっている科目あたりであれば既に習得済みだったりする事が多い。かく言う私自身、家で既に学んでしまっている事柄が多いせいか、同じような状況になっているのだけれど。
 大きな一族の場合、度々家の教育の方が進んでいる事が多い。だから周りを見ていても、大きな家柄の生徒はあまり集中せずに先生の言葉を聞き流しているように感じる。
 こればかりは学校もどうにもできないものよね、と軽い溜め息を吐いた。どうせ、今勉強している生徒の邪魔をする人間は誰もいない。だから構わないのかもしれない。
 こちらとしてはいまいち時間が勿体ない様な気がする。組の構成をもう少し考えてした方が良かったんじゃないかなあ?
 「では、次回についてですが。
  先ほど言ったとおり、実技をします」
 さっきまで友人観察をしたり、授業や組の構成について考えていた私の意識が先生の方へ向いた。これだけは聞き逃すまい。聞き逃すのはただの間抜けだ。
 「次回は今回勉強した、神祇の召喚を実際に行ってもらいます。
  知り合いの神祇や仲の良い神祇に、話をつけておいてくださいね。
  また、どうしても都合の付かない場合があると思います。その場合は臨時で頼んでおきますので早めに言いに来てください」
 棕櫚は当然綾祇(りょうぎ)を喚ぶのだろうけれど、ひぃなはどうするのだろう?そう思って彼女を見ると、俯いていた。ここからじゃ、表情が分からない。
 私は、ばば様に頼めば何とかなるかな。きっと彼を貸してくれるはず。勿論彼、というのは家に代々伝わっている神祇の事だ。
 「以上、授業を終わります」
 先生はそう言うと、教室を去っていった。再び思考に沈んでいた事にはっとする。結局聞き逃すまいと思っていても半分しか聞いていなかった。
 これは後でひぃなに聞くしかないかもしれないな、と軽く頭を振る。視線を感じて頭を動かすと、棕櫚が私を見ていた。話があるようだ。
 「どうしたの?」
 「いや、大した用ではないんだが。
  ひぃなの奴はどうするんだろうかと」
 「やっぱりその事ね」
 そう言うと、棕櫚は少し不満そうにこっちを見た。さも自分が一番心配しているんだぞ、と言いたげだ。誰がどれくらいの規模で心配しているのか、とか誰が先に心配し始めたのか、とかは全く関係のない事だと思う。彼はそんなくだらない事までひぃなの一番でありたいと考えているのだ。
 可愛らしい一面をやはり見せつけられて、笑い出したい衝動に駆られる。それを理性で押さえつけながら続きを促した。
 「あいつの心の整理が間に合わないんだったら、導祇あたりに相談すればやってくれると思うんだ」
 「うん」
 「だけど、それは勝手に予め頼んでおくわけにはいかんだろ?」
 その言葉に軽く頷いてみせた。
 「こればかりは勝手に行動できないわ。
  後でひぃなに直接聞かなきゃ」
 「……そうだな」
 この日、ひぃなは授業の話も誘祇の話もしようとはしなかった。次の日にはけろっとしていると思ったんだけど、その逆で。何故かひぃなの悩みが増しているみたいだった。



 「ただいま」
 「おかえり、ひぃな」
 「あ、お母さん」
 神を喚ぶ課題について考えながら家に帰ると、すぐに母が出てきた。母はすごい人だ。周りには言えない大きな秘密を抱えている。その一欠片は私だったりするんだけれど。
 「ひぃな、彼の方とはまだ仲直りしていないの?」
 「けんかではないのよ、お母さん」
 少し余計なお世話だと思ったけれど、母の発言には何かしら意味があるのを思い出して返事をした。履いていた足袋まで脱ぎ、素足になった。まだ季節は冬。ひんやりとした感触が足に伝わる。
 「あのお方は、あなたがどんな人間でも間違いなく愛してくださるわ。
  わたしが保証してあげる。
  今頃、絶対に寂しがっているわ。早く喚んであげなさいね」
 そう言いながら私を茶の間へと勧める。反抗するいわれもないからそのまま移動した。母は暖かい。そういう空気を常に放っている。
 「でも、私にまだ覚悟ができていないの。
  全てを受け止められるだけの心がないのよ」
 悔しいけれどそれが私の本音だった。母はからからと鈴のように笑う。
 「そんな覚悟なんて、いらないわ。
  ……そうね、あなたの昔話をしてあげましょう」
 そこで私は更に誘祇に対する違和感を知る事になるのだった。




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