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 ひぃなの言葉に呼応するように、符に光が纏い付く。大きな力が動き始めた事に気が付いた地祇がとうとうこちらへ近付いてきた。だが、地祇は手出しをするつもりはないらしい。
 「……っ」
 「あまり無茶はするなよ」
 「判ってるわ……」
 軽く声を掛けたきり、地祇は何事もなかったかのように棕櫚(しゅろ)の隣へと立った。綾祇(りょうぎ)はそれを見遣ると、さり気なく彼に目配せした。綾祇の様子を見るに、やはり地祇は誘祇(いざなぎ)に頼まれてここにいるのだろう。
 「誘祇よ、我を警戒するか……
  我が力を忘れたとは言わせぬ。
  我が力を喰らえ」
 ひぃなの声に呼応するようにして、彼女の周りを力の流れが発生した。ひぃなの言葉そのままに力を喰らおうとしているのだ。
 「そう……っ我が力、恋しかろう?
  懐かしかろう?
  さぁ、我が下へ来たれ。姫を持たぬ神よ!」
 ひぃなは力を言霊に上乗せしている。無理しないって言ったのに。それとも、彼女の中では無理していない事になっているのだろうか。力の流れは一瞬吸い込まれるような動きをしたが、次の瞬間には霧散した。
 ひぃなのものとは異なる力が彼女を包む。誘祇なのだろう。
 「返すよ、さっきの力」
 「いらないわ。
  だだ漏れさせているくらい余分な力だから、あげる」
 「……うん。分かった。ありがとう」
 ひぃなと誘祇が小声で会話をする。誘祇の力の濃淡がはっきりとする。力の塊が少し彼女から離れると、そのまま力が集まり始めた。
 「成長したね、ひぃな」
 「……子供は日々成長するものよ」
 誘祇が顕現しながらはっきりとした声で言う。ひぃなはその言葉が気にくわなかったようだ。確かに、誘祇らしくない発言であった。以前、偶に姿をこの組に現していただけあり、佐久はそれを覚えていた。
 「…………」
 口を開けたまま、ぽかんとしている。綱祇は居心地が悪そうにしゃがみ込んだ。彼は滅多に誘祇と接する機会がないのだろう。遙かに上位の神祇が顕れた時、下級の神祇は頭を垂れるという。それに近い状況がここに生まれているのだった。
 「でも、言ってくれれば私だって意地悪せずに素直に出てきたのに」
 「自分の力を試してみたかったの。
  もう一つは、あなたの相棒に迷惑かけたくなかったから」
 まるで保護者のような物腰の誘祇に違和感を覚えるが、彼らの会話を遮ってまで指摘する度胸はなかった。棕櫚は見守る事に決めたらしく、怪訝そうな顔つきで二人を見つめていた。
 「強制召喚を試みたのは、ひぃなで二人目だよ」
 「案外少ないのね」
 「そりゃあ、私の事を呼び出そうとするほど力を持つ人間は少ないからね」
 二人に近い神祇が誘祇に気が付いた。膝をついたり、頭を垂れ始めている。綾祇や私が召喚した深祇(みぎ)はそんな事していないけれど、どちらも静かに佇んでいた。
 「なら、力ある人間として認めてくれる?」
 「勿論だよ。
  でも、ひぃなは面白い事言うね。
  姫を持たぬ神、とは……」
 くすくすと静かに笑う誘祇は、やはり別の神ではないかと思ってしまうほどだ。だが、ひぃなは誘祇だと確信している。そうでなければ、こんな相手を揺さぶろうとしないはずなのだ。
 「その方が、喚ばれやすいでしょ?
  そういう神でいたんだから」
 「手厳しいね」
 「そうかしら。私は、あなたが危うくならないようにと遠慮しているくらい優しいと思ってるんだけど」
 そろそろ、辺りの神祇の様子が明らかにおかしいと気付き始めた生徒がいる。神祇を無事に召喚できた生徒がこちらに視線を送っていた。何故か先生は気が付いていないようだった。その近くに地祇がいる。もしかしたら先生に何かしたのかもしれない。
 「ありがとう、いつも助かるよ」
 「うん」
 二人にしては珍しく、互いに触れようとしない。表にあまり出ないだけで、二人の間には大きな溝ができてしまっているかのようだった。
 「誘祇、それよりも聞きたい事があったのよ」
 周りがざわついているのにまだ気が付いていないひぃなが話題を変えようとした。誘祇は漸く気が付いたようだ。
 「あー……うん、それは良いんだけれどね」
 周りに視線を移す神に、ひぃながつられた。そして気まずそうな顔で、やっぱり後でにしようかな……と小さく呟いた。



 結局、あの後先生が私たちの集団に気が付いてちょっとした混乱が起きた。召喚された神祇にも動揺が走っていたし、心配になったけれど自称誘祇の姫巫女である御月(みつき)が現れて沈静した。そうこうしている内に授業は終わり、帰宅の時間になった。
 「誘祇、やっぱり変わっちまったと思うんだが」
 「そうかな?
  私は前からああいう神だと思っていたけど」
 棕櫚の声にひぃなは平然と返す。前と変わらない、そう言う彼女だが本当にそうなのだろうか。
 私は、変わってしまったように見える。でも変わってしまったのは誘祇だけではなく、ひぃなもだ。互いが、互いを避けようとしているように見える。いつもの彼ならば、会った早々にひぃなを抱きしめる。今回はそれすらなかった。いつものひぃなならば、あんなに挑戦的な態度をとることもなかった。
 「誘祇も、私も、自分の立場を守らないといけない時期になった。
  ただ、それだけなんだと思う」
 「ひぃな……」
 「でも、外の目がないときは普通に話しようとは思うけどね。
  聞きたい事があったのに聞けずにさようならしちゃったし」
 ひぃなはそれ以上、話す気がないようだ。最近はそういう事が多い。
 「ひぃな、話の続きを聞かせてくれるかな」
 私達、三人の目前に誘祇が顕現した。顕れた神は照れくさそうに笑う。
 「私のせいで、話ができるような状況ではなくなってしまった」
 そう言うなり、誘祇はひぃなを招き、自らの左腕に乗せてしまう。私がこの光景を見るのは初めてではなかった。ひぃなは昔から、このように抱き上げられるのが好きだった。
 今回もやはり、嬉しそうだ。目尻が下がっている。
 「私と誘祇が出会った時の事なの」
 「出会った時……」
 誘祇の声色が心なしか堅くなる。あまり話題にしたくない事柄なのだろう。ひぃなは気にせず話を続ける。
 「私とあなたが出会ったのは、お祖母さまの御霊返しの時よね?
  ……なのに、お母さんってば、私があなたを連れてきた様な言い方をするの。
  私にはそんな記憶なんかなくて……でも、疲れ切って眠った私を……」
 話をしていく内に、だんだんとまとまりのない独白になっていく。
 「ひぃな」
 そんなひぃなの話を誘祇は遮った。
 「大丈夫、ひぃなの記憶は間違っていないよ」
 「……うん」
 誘祇の口調が、どんどん小さな子供をあやすように変わってゆく。
 「大丈夫、大丈夫だよ」
 「かみさま、わたし……ほんとうに、いっしょにいられる?」
 「ひぃな――」
 まるで幼い子供のように、たどたどしく話し出したひぃなに、私と棕櫚は顔を見合わせた。棕櫚が「分からない」と首を横に振ると思ったが、彼は眉を潜めて不機嫌そうに視線を逸らした。ひぃなのこの状態について、何か知っているのかもしれない。
 「やくそく、まもってくれる?」
 「勿論。私は、ひぃなを愛しているからね」
 普段なら、誘祇はひぃなに対して「愛している」とは言わない。一体これはどういう事なのだろうか。
 「よかったぁ……」
 「さぁ、納得できたのなら、もう目を閉じる時間だよ」
 「うん」
 優しく呟く誘祇の言うとおりに彼女が目を閉じると、その額に神が口付けを落とした。次に目を開けたときには、いつものひぃなに戻っていた。今のは一体……――
 「誘祇?」
 「どうしたんだい?ひぃな」
 「御月が良ければ……また、送り迎え……頼んでも良いかな」
 「…………」
 ひぃなの言葉に誘祇は言葉を失ったようだ。棕櫚が小さく「あいつ……感激してるんだ。自分から少しずつ離れていこうとしてるのに、何て了見だ」と呟いている。
 「あ、誘祇の考えに支障が出るなら――」
 「いや、送り迎えする。前みたいにね。
  私は、自分を含めた全てを騙し続けると決めたんだ。
  それ位の褒美はあったって、構わないと思わないかい?」
 「……?うん。そうだね」
 ひぃなはどこか、腑に落ちないようだったが、彼に合わせて相槌を打った。
 「明日からで良いかな?
  今日は仕事を抜けてきたから、そろそろ戻らないと姉上に叱られてしまう」
 「うん。今日はありがとう
  明日から、またよろしくね」
 「それでは――また明日」
 翌朝、誘祇は何もなかったかのように、ひぃなの送迎をした。棕櫚は少し不満そうな顔をしていたけれど、何も話してくれなかった。次第に二人の様子も棕櫚の様子も以前と同じようになり、全てとは言わなくてもおおよそ、その関係が元に戻ったように見えた。  その内、そろそろ冬が終わろうという頃になり、春休みに入ったのだった。

第四話:神祇召喚実験 了




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