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三人の精霊は、一様に膝をついて礼をした。精霊にとっても、膝をつく行為は上の者に対するものである。
「お待ちしておりました。
ひぃな殿と花桜様」
「あなた様に成体となるお気持ちが生まれ、こちらとしては複雑な思いにございますが」
先程とはうって変わり、恭しい態度に花桜は軽く頷いた。隣のひぃなは口ごもってしまう。彼女の勢いも削がれてしまっているようだ。
「あ、えぇ……」
「迷惑を掛けます。
だけど、あまり彼女をいじめないでくださいよ? 皆さん。
それに、本題に入りたいんです」
花桜が穏やかに言うと、三人はくすくすと笑い声を洩らす。その内の一人が口を開いた。中央の精霊である。中性的でどちらともつかない声を持っていた。
「花桜様、成体の儀についてお話いたしましょう。
成体の儀は時間が決められておりませぬ。早く終わるも終わらぬも、儀を行う精霊とその助けをする付き人次第。
儀の内容は、簡単。この場所へ戻ってくれば良いのです」
「これから二人をお連れするのは、精神と密な関係にある場所。
そこから無事に抜け出し、この場所へと戻る。それが儀の内容」
簡単すぎる説明に、付け加えたのは右側の精霊だった。女性体であれど、声は男性的でひぃなは驚いた様子を見せないようにするのが大変だった。ここにいる精霊は、どこかが不安定で理からずれている。そう気が付いたがそれ以上の事は分からない。
「ひぃな殿、分かったかえ?」
思考の波に揺られていたひぃなは、その声かけに意識を戻した。
「あ、はい。要するに、これから行く場所からここへ戻ってくれば良いんですよね」
「そうだ。質問があれば今の内に。我らは儀が始まってから終わるまで声かけができぬのでな」
ひぃなは花桜へと向き、確認するかのように見つめる。彼はにこりと微笑んだが何も言わなかった。
「……ないわ。儀を始めましょう」
「よかろう」
風を起こす要因が全くないこの空間で、風が起きた。ふわりとひぃなの結い上げた髪が揺れる。ひぃなは思わず花桜の袖に触れた。
「っ!?」
触れた途端、視界がぐにゃりと歪んだ。驚いて花桜を見るが平然としている。
「大丈夫だよ、ひぃな。
今空間をずらしているんだ」
「そ、そう言われてもよく分からないわ。人間なんだもの」
戸惑いを隠しきれないひぃなに、彼はどこかずれた返事をする。
「大丈夫、僕を信じて。
あの方程じゃないけれど、僕の力で守ってあげるから。
それにすぐ終わると思うよ。ほら、ね?」
そう言っている間に全てが終わったようだ。ひぃなは再びよく分からない空間へ移動してしまった事を悟った。今度は明らかに変な空間だった。全てが歪み、今まで信じていた事象が全て意味のない物へと変質してしまっているようだ。
「慣れればどうってことないよ。
さぁ、出口はどこでしょ?」
慣れているらしい花桜に続いてひぃなも歩き始めた。歩いている割には、足元がふわふわとしていて安定しない。それも彼は気にならないらしい。
「ねぇ、もっと歩きやすくならないの?
歩いている気がしないわ。不安定で落ちてしまいそ……きゃぁっ!」
「あ、ひぃな!」
言葉に出した途端、ひぃなの足元が崩れ去る。咄嗟に花桜へ手を出し、それを彼が掴み取ったおかげで落下は免れた。自分より背の低い相手に抱きかかえられるようにして、ひぃなは脱力した。
「何なの、本当に……」
「ひぃなの精神に反応したんだよ。
僕は、ひぃなと同じ世界を見ているわけじゃないんだ。
僕には普通の森に見えているんだよ」
精霊王の言葉を聞き、改めて周りを見回すとそこは、本当にただの森だった。不思議そうにきょろきょろする姿に彼はくすくすと笑い出す。身体を自然に離すと、二人は手を繋いだ。これなら彼女も安心だろう。
「森に見えたんだ。
ここはね、精神に近いんだ。だから心の状態や考えている状況に合わせて見え方や感じ方が変化してしまう」
「ようやく分かったわ」
「そう、じゃあ試しに走ってみようか。
出口も走った方が早く見つけられるかもしれないね」
返事も聞かない内に走り出す。いきなり手を引っ張られ、躓きそうになりながらひぃなも走り出した。
「うーん、出口ないね」
「……っそ、そうっ……だ、ね」
暫く走り続け、そう結論を出した精霊王に疲れは見えない。ひぃなの方は疲れが濃く見え、息も上がってしまっていた。髪の毛の乱れに気が付いた花桜が、そっと彼女の髪を直す。
「これは、元々出口がないのかもしれないね。
この場所から抜け出すには、何か条件があるのかも。
条件って何だろうね?」
さぁ、ここに座ると良いよ。と座りやすそうな木の根まで案内する。ちょこんと座ると、花桜はその隣に腰を下ろした。
「儀の条件でもあるって事よね。
精神と関係の深い場所で行うって事は、それに関連してると思うの」
「という事は、僕の心が問題なんだね」
ひぃなはそれを聞いて、一つだけ考えが思い浮かんだ。だが、これは結構難しいものかもしれない。言わずにいるよりも言ってしまった方が対処のしようもある。恐る恐るではあるが、ひぃなは口を開いた。
「考え方とか、気の持ち方とかそういうものを成長させるって事かもしれないわ。
例えば……そうね、花桜。成体の儀を行ってどうするつもりだったの?」
「え。それは、その……」
珍しく口ごもる、その姿に彼女は首を傾げつつも続きを待っていた。少し時間が経ってから、花桜は言いにくそうに答えた。
「成体になれば、もっと強い力も使えるし……力がつけば水鶏(を守る事もできると思ったんだ。
僕も、誘祇(があなたを守っているみたいに……彼女を守りたくて。
例え結ばれない事が分かっていても、必要ないと言われるその日まで、守りたいんだ」
「……結ばれなくても、守りたい。か」
ひぃなは事ある毎に、何となく誘祇と花桜を重ねてしまう理由が分かった気がした。似ているのだ。ちょっとした仕草や考え方が。見た目が大人になれば、より似るのではないだろうか。そう思わせる程、似ているのだ。
「神祇になれば良いじゃない。なれば水鶏は絶対あなたの姫巫女になるわ」
半ば投げやりにひぃなは呟く。それは、自分自身の誘祇に対する想いを水鶏の想いと重ねているからだった。
「神祇になったって、それは無理だよ。
一族の神を受け継いだ方が、幸せだと思うし」
「自分で好きな女を幸せにする自信がないんだね。
考えを聞いてみる勇気もない」
「それは……だって、嫌われたくないんだもん」
眉を下げて口を尖らせる。その姿はひぃなの何倍も生きている者には見えない。逆に彼女は深い溜め息を吐いた。
「それくらいで嫌われるような薄い仲なの?
だいたい、棕櫚みたいに俺が幸せにしてやるって気持ちでいなきゃ、誰だって番になんかなりたいと思わないと思う。
もっと、強気で行かなきゃ。
水鶏は……穏やかに過ごせる相手が似合うわ。
義務的に一緒になった緊張する相手なんて、似合わない。
悔しくないの? そんなのに掻っ攫われるなんて」
段々離している内に昂奮してきたらしく、頬を紅くしながら精霊王に詰め寄る。その変化に追いつけず、彼は腰を退いて顔を引きつらせた。
「そんなに薄い仲でもないし、く……悔しいとは思うけど」
「なら、自信を持って。
積極的な行動は彼女を安心させるわ。
あなたには、強い情熱が隠れてる。ただ、それを水鶏に見せるのが怖いだけ」
互いの瞬きする音まで聞こえてきそうな程、ひぃなは顔を近づけた。その表情は自信に満ちていたが、穏やかだった。
「大丈夫よ。その情熱を見たって、水鶏はあなたから離れない。
それに、生まれ持った性質なのよ。親から譲り受けた、ね」
「……親、から」
精霊王の瞳から、一粒の雫が落ちた。それは空中で、煌めきを残し消えていった。
「確かに両親は、とても情熱的だったようだ。
父は誘祇のお兄さんの子供で、母は桜の精霊だった。
二人の間に子は出来ないはずだった。
でも、二人は自分たちの愛した証を残したくて。自分たちを寄り代にして子供を作ったんだ。
僕の両親は、僕の宿り木になったんだよ」
そう言う花桜の表情は、落ち着いていて満ち足りたものだった。
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