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 「そうだね。僕が僕である限り、今持っている性質は変わらない。
  精霊として生きながら、神の力を持つ事は……許される事かなぁ?」
 遠くを見つめるようにして、ゆっくりと語る姿は道を見失った老人のようだった。長い間、子供の姿を取りながらも少しずつ蓄積されてゆく見えない年月。それはあまりにも長く、そして孤独だった。
 「許されるって誰に?
  許される基準って何?
  そんなの、自分で勝手に決めつけているだけよ。
  ぐじぐじそういう風に考えているから前に進めないんだわ」
 「そうかもしれない。
  でも、それだけじゃなくて失うのが怖いんだよ」
 自分と引き換えに消えていった両親。花桜(かおう)は親を知らない。代わりに誘祇(いざなぎ)の兄が面倒を見てくれた。しかしその兄はもう、この国にはいない。今いるのは、自分が守るべき精霊だけだ。そんな中で、水鶏(くいな)と出会った。
 「それは、克服してくれなきゃ困るわ……
  私たち人間は、そんなに長く生きられる生き物じゃないんだもの。
  神が力を共有する寄り代として使ってくれるからこそ、一部の人間は数百年の時を生きられるだけ」
 視線を下に向けて悔しそうに言うひぃなは、自分が長く生きられない その他の人間なのだと呟いた。
 「私たちは短い時間しか生きられないから、だから前向きに生きていくの。
  だから、あなたたちは人間に惹かれるんじゃない?
  花桜、あなたの本心は何?聞くだけなら聞いてあげる。
  教えて。長い時を後悔だけで過ごすつもり?」
 花桜へ向けて顔を向けたひぃなの表情は、彼が思っていたものとは裏腹に凛としていた。彼女は立ち上がって花桜の目の前に膝立ちになった。両手で彼の頬を包み、額を合わせる。
 ひぃなの額が触れた瞬間、花桜の中に彼女の思考や想いがなだれ込んできた。そして温かなものに触れた。これが、人間。
 「僕は、この儀が終わったら……誘祇の所へ行くよ。
  そして、水鶏の神になれなくても良い。他の季節を彼女と楽しみたい。僕は精霊だからこの季節以外彼女と一緒にいられないんだ。
  きっと、一緒に出かける他の季節は輝いて見えると思う。
  彼女がいなくなっても大丈夫なように、その時の悲しさを乗り越えられるくらい、幸せな想い出を作りたい」
 「……うん」
 額を離した先にひぃなが見たのは、誘祇に似た、だが薄い桜色で緩やかな曲線を描いた髪をもつ美しい青年だった。青年はやや短めの眉を眉間に寄せて首を傾げる。その動作は幼い姿の花桜そのものだった。
 「花桜、水鶏の神になれなくても……本当に良いの?
  神になるんだったら、水鶏の番に意地でもなってやるって意気込みがあると嬉しいわ。
  水鶏の親友として、安心できる」
 花桜は軽く目を見開いて、その後に微笑んで答えた。
 「神になるからには……そうだね。
  駄目でも悔いが残らないように思う存分、口説いてみようかな。
  水鶏の照れる顔って見た事ないんだ」
 その動作は誘祇に似ていて。思わずひぃなは軽く吹き出した。一瞬花桜は目を丸くするが、ひぃなにつられて笑い出す。
 「お疲れ様、花桜。成体の儀は終わりみたいよ」
 さらさらと砂がこぼれ落ちるように今まで見えていた景色が消え、精霊と出会った時の景色になった。以前と同じように、三体の精霊が佇んでいる。
 「精霊王、成体の儀は無事終了にございます。
  そのお姿を我らは生涯見る事叶わぬと思っておりました」
 「姿……」
 言われてからはっとしたように、花桜は自分の姿をまじまじと見つめようとした。が、いまいちよく分からないようだった。
 「花桜、立ってみて」
 「あ」
 ひぃなに手を引かれて立ち上がると、花桜の方がひぃなよりも遙かに高い位置に頭があった。見上げるひぃなを意外そうに見つめるが、彼女は微笑んだままだった。その微笑みは、見た事のない母親を思わせた。
 「ひぃな、あなたは何て……様々な性質を持ち合わせているんだろうね。
  あなたは神々しい女神のようで、全てを包み込む母親のようで、でも……純粋な少女のようにも見える」
 「え、ちょっと……っ!?」
 手を繋いでいない方の手をひぃなの頬に添えながら言う、その様子は恋人を口説いているかのようだった。思わずひぃなも声を上げる。
 「あなたと出逢えるなんて、僕は幸せ者だ。
  誘祇が羨ましいと思えるくらい」
 そこまで言うと、精霊の方へ向き直った。視線が離れるとひぃなはほっとしたように息を吐いた。
 「彼女が言葉で誘導してくれたおかげで、無事に終わる事ができたよ。
  彼女を付き人にして本当に良かった」



 元の世界に戻ると、そこには水鶏と棕櫚が待っていた。二人は木から生えてきたように出てきたひぃなと花桜に驚いている。
 「あ」
 「わっ」
 どすんと鈍い音がする。倒れ込んだ花桜の上にひぃなが落ちる。辛うじて身体を捻ってひぃなを受け止めるその姿は、もう子供の姿ではなかった。
 「ごめん、花桜!」
 「気にしないで。ひぃな、あなたが無事で良かった」
 誘祇も顔負けの気遣いに水鶏の顔が少し歪んだ。その上水鶏の知らぬ間にひぃなの事を呼び捨てにしているのにも気が付き、ますます表情が曇ってゆく。花桜が成体となったのは嬉しい事だが、これではあんまりではないか。
 「水鶏」
 「……え?」
 いつの間にかひぃなを横に降ろしていた花桜が彼女を呼んだ。
 「ただいま。
  成体に無事になれたよ」
 大人の姿の僕って変かなぁ?と不安そうに水鶏へ聞く。ひぃなはそれを微笑ましい気持ちで眺めていた。水鶏が慌てながら否定し、やっと花桜へと近付く。近付いてきた彼女を花桜はいきなり引っ張るようにして抱きしめた。
 「水鶏、僕よりもちっちゃくなったね」
 「そ……それは、花桜が大きくなったからじゃない」
 「うん。僕より小さい方が、可愛い」
 抱きしめられてほっとした表情を作る水鶏だったが、その後に続く言葉に顔を赤らめる。ひぃなと棕櫚は互いに顔を見合わせてにやりと笑う。
 辺りは既に暗く、遠くでは神祇が作り出した光が灯されていた。暗くなっていたが、花桜の作り出した淡い光の下で、成体の儀はどうだったのか、向こう側はどんな世界だったのかといった話で盛り上がった。
 「ひぃな、そろそろ帰ってきてくれても良いと思うんだけど?」
 突然の参入に全員が声の方向へ振り返った。振り返った先には誘祇が悠然と立っていた。
 「あ。そうね、いい加減帰らなきゃね」
 そう言うと素早く立ち上がるひぃな。棕櫚と水鶏も直ぐに立ち上がる。唯一もたついていたのは花桜だった。立ち上がったのも束の間、彼はすぐにふらついて倒れた。
 「花桜、向こうでは普通に立ててたんだけどなぁ……」
 「あちらは精神に近い場所だからね。
  こちらは肉体に近い。だから我々神も精霊も体を保ち動かすのには慣れが必要なのだよ」
 誘祇は説明しつつも、精霊王のそんな状態が可笑しくて堪らないようで口元を隠している。一方花桜は恥ずかしいようで両頬を押さえていた。
 「今日は遅い。ひとまず花桜は水鶏の所にお世話になると良い。
  私はこの二人を送ろう」
 そう言うなり誘祇はひぃなと棕櫚の手をとって虚空へと消えていった。残された二人は顔を見合わせる。
 「ここに一人でいるよりは良いと思う。
  前みたいに夜通しお話しよ」
 「今まで通りに?」
 「うん」
 いつもと変わらぬ笑みを向けられ、精霊王は嬉しそうに目を細めた。そうして水鶏に支えられながら彼女の家へ向かう。その内にこの身体が慣れてきたようだ。何とかまだおぼつかない足取りではあるが、一人で歩けるようになっていた。
 「ただいま帰りました」
 「こんばんは、お邪魔します」
 ぱたぱたと駆け寄る音がして、水鶏の母が出てきた。水鶏を見て安心した表情を見せるも、隣に立っている精霊王の姿に驚きを隠せないようだった。
 「花桜さま、おぉきくなられたんねぇ」
 「えぇ。先程成体の儀を済ませてきました」
 「お母さん、暫く花桜はここにいるから!
  花桜早くいこっ、私急いで湯浴みしてくるからあなたは私の部屋で待っててね」
 「へ、あ……水鶏っ!」
 廊下の奥へと消えていった彼女を追いかけようと挨拶も途中で花桜が走り出す。しかしまだ慣れきっていない身体はその動きに追いつけなかった。二歩、三歩行かぬうちに倒れてしまう。精霊王はそんな失態も気にせず立ち上がり今度こそ廊下の奥へ消えていった。
 「おや、精霊王が成体になぁ」
 「お義母さん、水鶏が心配じゃありませんの?」
 今や花桜は一人前の男の姿を取っている。神を継がせようと思っている人間にとって見れば、例え精霊であっても危険そのものであった。
 「心配?何の心配よ。
  私はもう暫くあれと一緒に居られるなら願ったりなんよ。
  それに、花桜は……水鶏が生まれる前から彼女に魅入られておる。私の大切な家族をそれゆえに守ったのだから」
 「お義母さん」
 「本当は、あんたのおばあさんなんにねぇ……さ、邪魔者は立ち去りまひょ」
 いつの間にか、彼女の隣には深祇が立っており腰に手を回していた。彼は彼女の額に口付けるとそのまま歩き出す。すっかり仲間はずれにされてしまった水鶏の母は小さく横に首を振ると、元来た道をゆっくりと戻っていった。

 花桜が例年通りに水鶏と一緒に眠っている所を目撃され、母親の悲鳴が聞こえるのはその翌日の事。
 「え、いつも通りに僕は過ごしていただけなんだけど……
  僕は……何か悪い事でもしたのかなぁ?」
 「そりゃ、悲鳴あげられても仕方ないわ……ね。誘祇」
 「あー本当に、花桜……はまだお子様だったんだね」
 笑い転げるひぃなと誘祇を余所に、精霊王は首を傾げるしかなかった。水鶏と恋仲になるには、まだまだ時間がかかりそうである。

第五話:桜、夜に舞う 了




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