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 嘘祇に頼み、力を通わせて亡き姫巫女、御月(みつき)の身代わりをしてもらっている。
 御月の存在を匂わせる事によって、ひぃなに向けられる目を減らせると思った。
 見せしめに麗祇を御月と共に還した。
 御月は亡くなったのではない。隠していただけだ、と。
 これでひぃなの安全は暫く保証できる。そう思っていたのに。


 どうしてそうなってしまったのだろう?
 私は、ただ……ひぃなを守りたかっただけなのに。
 守る為に、御月の身代わりを作って茶番のような事までしたのに。
 私はそんなつもりなんてなかった。本当だよ。


 御月という姫巫女が健在で、誘祇上(いざなぎのかみ)は娘のように大切にしている少女を守る為に隠していた姫巫女を表へ出した。
 そう周りに認識させられれば、それだけで良かった。
 ひぃなに嫌われても良い。
 彼女の為なら何でもしたいと、そう思っているから。
 ひぃなが幸せであれば、私はどうなってもかまわない。


 だけど。
 だけどね?
 いくら何でもこれは酷いと思うんだ――



神祇の宴
第一紀「宴」
 第六話:噂と幼女




 嘘祇に姫巫女の身代わりを頼んでから、誘祇の日常は変わった。
 夜はできるだけ嘘祇と力を交わしたり、情報交換や打ち合わせをしたりするようになった。朝と夕にはいつも通りにひぃなの守護をする。ただし、花桜(かおう)が最近いる為にさぼり気味だ。花桜は精霊ではあるが、力がある。多少の事ならば彼で十分だ。
 日中はいつもと同じように仕事をしている。が、それに加えて御月と共に居る様子を神祇に目撃させるよう、工作をする。また、暫く行っていなかった見回りを再開する事にした。これによって、人間や精霊にも御月の姿を見せる事ができるからだ。
 そういった小さな努力の積み重ねで御月の存在をあちこちへと知らしめる事ができた。そんな最中の出来事である。
 「誘祇、楽しい事になってるみたいだよ」
 「何の事だい?」
 「ん?ひみつ、かな」
 御月の姿をした嘘祇が、意味深な事を言って楽しそうに去っていった。もちろん自室で本来の姿に戻り、自らの仕事をこなす為である。だが、いつになく楽しそうなあの態度に、誘祇は不安を覚えるのだった。



 「あなたね!
  誘祇様の姫巫女候補は」
 「はい?」
 ひぃなの目の前に唐突に現れた少女は声高々に言い放った。放課後になり、校舎から出たばかりの彼女は意味が分からなかった。隣にいる水鶏(くいな)棕櫚(しゅろ)は目を白黒させている。
 「私の方が、姫巫女候補に相応しいわ。
  何で、あなたなんかが……!」
 先程から文句を言い続ける少女は、姫巫女候補と言うには幼すぎた。おそらく、10にも満たないであろう年齢の少女だったからだ。
 「みんな学校お疲れ様。
  あれ?この子は……?」
 花桜が頃合いを見計らったかのように、彼らの前へ姿を顕した。彼としては、全くの偶然であったようであるが。
 「私知ってるのよ。
  この方が誘祇様だって」
 そう見当違いな事を言いながら、花桜へ近付いていく。花桜は全くひぃな達以上に状況が分からず、ぽかんとしていた。
 「どうして、私を選ばなかったのです!
  私の方が……姫巫女候補に相応しいのに!」
 「えっと、僕……精霊なんだけど」
 精霊王は誘祇の、人間で言う親戚のようなものだ。多少似ていてもおかしくはないが誘祇そのものと言われるとは。
 「花桜、ごめんなさいね」
 「いえいえ。最近、精霊達が結構張り切ってくれていて、僕の出番がないんだ。
  だから時間もあるし、あなた達を守れるなら喜んでするよ」
 最初の返事から先は、少女を殆ど無視した形で会話が進んでいく。元々あまり我慢強い訳ではないらしい彼女は、肩を振るわせていた。
 「あ……あなた達……っ
  私が子供だからって、莫迦にして……!!!」
 それからいくつも言葉を交わさぬ内に、彼女の叫びが会話を途切れさせた。ひぃなは、その事にうんざりとした視線を投げる。
 「莫迦にするも何も、全くこちらは事情が分からないの。
  見知らぬ相手は普通、無視するに限るでしょう?」



 結局。
 つきまとう勢いの彼女に、ひぃなは折れた。誘祇の所へと連れて行く事にしたのだ。
 「それで、あなた名前は?」
 「白虎の君よ」
 「それは通り名だろう。
  巫女名(みこな)を聞いているんだ」
 やれやれ、といった様子で棕櫚が口を挟む。白虎の君と言った彼女は不機嫌そうに口を尖らせた。
 「あなたのような女を見下したような態度をする男に、答える筋合いはない」
 大人びた言葉遣いとは真逆に、じとりと棕櫚を睨む。勿論棕櫚はそんな事で物怖じたりはしない。
 「悪いが、これは女だけにじゃなくて男にもだ」
 「尚更最低ね。
  自分が世界の中心に居るわけじゃないのよ?」
 「はっ、お子ちゃまには分からない世界もあるってこった。
  俺は同じ年代の他の奴らより、それなりに色々な経験をしてきたと思ってる。
  多少の言葉遣い程度で人間決められて堪るか」
 白虎の君は自ら、相手を下に見ていた事をさりげなく指摘された気がした。目には、先程の力はこもっていない。
 「……ことら。巫女名は、ことらよ」
 ふいっと棕櫚から顔を逸らした。ことらを除いた全員が、くすりと笑う。雰囲気が一気に柔らかくなった。
 「な、何?」
 「ううん。
  ほら、ここが誘祇が居る家」
 そう言ってひぃなは指差した。その先には、ただの一軒家があった。周りよりは多少大きいものの、他の一軒家とはさして変わらない。
 「結界の入り口なのね」
 見ただけで、ことらはこの家の正体を暴いた。ひぃなは少し感嘆の声を出す。その横で花桜が笑みを深くした。
 「流石は、自称自分が一番誘祇にお似合いな人ね」
 やや、刺々しい言い方で水鶏が言った。本人に他意はない。表情は穏やかだった。ただ、偶にやってしまうのだ。そう言えば、同じ組の誰かが言っていた事をひぃなは思い出した。水鶏は悪意のない暴言を吐くから怖い、と。
 「あ、ことら。
  水鶏は、その年で良く分かったね。すごいって言いたかったの」
 ぽかんとしたことらに、慌ててひぃなが修正する。水鶏が、変な事また言っちゃった?と首を傾げる。棕櫚は苦笑が隠せない。花桜に至っては、どうすれば良いのか分からなかったようで水鶏の頭を撫でていた。
 「そ……そう」
 若干怯えの混じった視線を水鶏に投げ、ひぃなに向けて返事をした。誘祇の屋敷の前でそうこうしている内に、屋敷の外に誘祇が出てきた。
 「どうしたんだい?
  おや、可愛らしい子も一緒だね」
 そう言うなり、ことらを抱き上げた。誘祇は一瞬眉を潜めた。
 「君は……」
 「ひぃなより、私の方があなたの姫巫女に相応しいと思います!」
 誘祇が何か言おうとしたのを遮るようにして、ことらが話し始めた。誘祇は何が何だか分からない。彼女と接触した時のひぃな達と同じだった。
 「えと、ひぃな……この子って?」
 「……あなたの番になりたくてしかたない子。ことらって言うの。
  ちっちゃい私みたいね。まぁ、私は……この子とは違うけど」
 「私を無視しないで頂戴!」
 少し強張らせた表情でひぃなと会話する誘祇と、それが気にくわないことら。
 「ちょっと待って、幼い姫」
 そう、穏やかな表情でことらに言うと誘祇は視線をひぃなに戻した。ことらへ向けたものとはうって変わり、眉を下げていた。
 「ひぃな、そう言う事言わないで。
  私は……ひぃなを姫巫女にする気はないよ。
  ひぃなは、姫巫女になっては駄目だ」
 「身体が持たないから?」
 不満そうに会話をするひぃな。誘祇は複雑そうだ。
 「神の力をその身に保てない。保とうとすれば肉体が朽ちる」
 「朽ちないわ」
 「その確信はない」
 「私みたいな前例だってないでしょ?」
 「それは……」
 誘祇が一瞬、花桜の方を見遣る。しかし、彼は何も言わなかった。それを肯定と受け止めると、ひぃなは表情をころりと変えた。
 「別に良いわ。急いでないし。
  それよりも、ことらをどうにかしてくれない?」
 「え。それは……ちょっと私にも無理だよ」
 誘祇は、視線を逸らしてもごもごと歯切れ悪く言った。



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